東方月探譚 - 3



「やはり、あなたが真っ先に取り憑かれたのね」
「うふふふ」



 幻想郷なる場所からやってきた少女、魔理沙とともに、夜の浅上女学院を探索する浅上三人官女。夜の教室で謎の男と遭遇し、取り逃がしたものの、思わぬ遺棄物を残されてしまいました。
「落ち着いたか」
 羽居に抱きしめられたままへたり込んでいた秋葉ですが、やっと落ち着いたと見た蒼香が声をかけました。
「ええ、見苦しいところを見せたわね」
 そう答えるのは、もういつもの気丈な秋葉です。髪もいつものように、黒い絹の滑らかさでその背を流れています。まだ秋葉の体に腕を回している羽居も、どこか満足げにニコニコしています。
「いろんなことが重なって、ちょっと混乱しただけよ」
「そうか」
 蒼香は目を閉じます。
「ま、お前さんがやたらコンビニな能力を持っているっぽいんで、あたしもこの先力強いなって思ってたんだ。せいぜい役立ててくれよな」
「なによ、別に言われなくても、自分の持てる力は使うわよ」
 秋葉は、口では反発して見せますが、蒼香がいつもの調子に戻ったのに、心の底から救われた気分になっていました。蒼香も、そして羽居も、秋葉の友達で居てくれたのです。
「もう、くっつかないでよ」
 恥ずかしくなった秋葉は、羽居を邪険に押しのけます。
「秋葉ちゃんって、こんなに細いのに、柔らかくて気持ちいいんだよー」
 こんなことを恥ずかしげも無く、のうのうと口にするのが羽居です。秋葉は、さっきとは別の意味で赤く――主に顔を――してしまいます。
「も、もう、そんな恥ずかしい事いわない! ねえ、そっちは大丈夫?」
 後半は魔理沙にかけられたものです。魔理沙は、壁に叩きつけられた女の子を見ています。口元の血はきれいに拭い取ったようです。今は気を失ったまま眠り続けているようで、規則的に胸元が上下しています。
「よくわかんない。安定しているようだけどさ、医者じゃないから、なんとも言えないんだぜ」
 魔理沙は困惑気味です。さすがに専門外なのでしょう。
「多分大丈夫。顔にちょっと痣が出来てるけど、頭の方はきれいにコブになっている。多分、頭ン中にダメージは行ってないよ――」
 屈み込んで、女の子の様子を調べていた蒼香ですが、不意に息を呑みます。
「おい、見ろよ」
 ちょうど携帯電話のライトで照らそうとしていた秋葉は、その瞬間を間近に見てしまいました。女の子の顔につけられた無惨な痣。それがスーッと、まるで氷が解けるように薄く、消えてゆく様を。
「コブも消えてるぜ。やはりこの人、ただ者じゃない」
 頭の辺りを探りながら、魔理沙も言います。秋葉も、間近でしげしげと眺め、やはり人外の匂いを嗅ぎ取っていました。
「とはいえ、目を覚ましてくれないとどうにもならないわね。事情も聞けないし、お礼も言えないわ」
「じゃあ、ベッドに運ぶか」
 蒼香の応えに、秋葉は目を丸くします。彼女たちが自由に出来るベッドといえば、自分たちの部屋のものしかありません。
「わたしが魔法で運ぼう。空飛ぶ方が早いんだぜ?」
 魔理沙がそう提案したので、ようやく秋葉も安堵します。また、あの地雷原のような森の中を、しかも女の子を一人抱えて走るなんて、考えるだけでウンザリでしたから。
 とりあえず、羽居に背負わせて、教室を出ます。羽居は、重いよー、といいつつも、割と平気そうです。
「おっと、そうだ」
 羽居、蒼香に続いて出て行きかけた秋葉を、魔理沙は呼び止めました。
「なにかしら?」
「すまなかった」
 魔理沙は帽子を取ると、頭を下げます。秋葉は、思わずまじまじと見返しました。
「なによ、急に――」
「いやさ、『魔物だろう』なんて言っちまって、悪かったと思ってさ。秋葉があんなに気にしてるなんて、あの時にはちっとも思わなかったんだぜ。だってさ、幻想郷じゃあ魔物の方がずっと多いんだから。でも、外では当然違うんだよな。魔物なんて居ちゃいけない存在なんだよな。秋葉が隠すのは当然だよ。わたしは馬鹿だから、そこに頭が行かなかった。だから、すごく悪いと思ったんだぜ」
 秋葉は、なぜか視線を揺らせて、目に見えて動揺します。しかし、黙って頭を下げている魔理沙を見て、ふうっと肩の力を抜きます。
「もう――そんな風に先に謝られたら、怒れないでしょ? わかったから、頭を上げて」
「ああ、すまなかった」
 魔理沙は帽子を被りなおします。
 秋葉は、背を向けかけて、それから何か思い出したように、魔理沙に向き直ります。
「じゃあ、私からも言っておくわ。ありがとう――気が楽になったわ」
 秋葉は、なぜか急いで顔を背けると、羽居たちを追います。魔理沙は、秋葉の背中にニッと笑いかけて、自分も追い始めました。
「いやあ、便利便利」
「窓から直接入れるんだから、便利だよねー」
 秋葉たちは、ほんの十分後には自室に帰っていました。魔理沙は森のどこかに落ちていた箒を呼び出すと、最初に羽居と女の子、次に秋葉と蒼香を、それぞれ窓から、直接部屋に帰したのです。
 女の子を羽居のベッドに横たえて、一行はようやく一息つきました。とはいえ、油断はしていません。あの男が遠くに去ったとは断言できないのですから。
 それは置いて、女の子の様子を改めて眺めてみると、いろいろ気づくことがありました。年の頃は、多分秋葉たちと変わらないくらい。いや、もしかしたら、少しだけお姉さんかなというところでしょうか。そして――
「この校章……」
 女の子の襟に付けられていた校章を目にしたとき、秋葉の表情が変わりました。
「遠野、知ってるのか?」
「ええ、兄さんの学校の校章よ」
「ええっ、志貴さんの?」
 蒼香は驚きます。ということは、秋葉の住む三咲町からやってきたということで、車で1時間ほどもかかる距離です。そんな所から、わざわざこの森の中に、なんでやってきたというのでしょう……。
「あのさ、混み入った入った話になるのかもしれないんだけど」
 魔理沙が、遠慮がちに口を挟みます。
「さっきの男、なんだか秋葉の知り合いみたいだったな。あれが秋葉の兄さん、志貴って言う奴なのか?」
 魔理沙は、さっきの短い対決の間に、秋葉とあの男とが面識あるのに気づいたようです。
「いいえ、違うわ――そうね、話しておかなくてはならないわね。あれは私の実の兄です」
 そういい置いて、秋葉は話し始めました。秋葉には志貴という――最愛の――兄が居ますが、血のつながりの無い養子です。一方、他にも実の兄が居ました。しかし、その実兄は――
「“反転”って?」
 わからない言葉が出てきたところで、蒼香が口を挟みます。
「さっき見たでしょう? 私たちの一族の血には、人間にとって良くない物のそれが混じっているの。そうね、鬼と呼ばれているわ」
「鬼、か」
 魔理沙は呟きました。どうもピンとこないようです。魔理沙が知っている“鬼”は、常日頃酔っ払っているような、陽気な奴らでしかありません。あれを脅威かといわれると、なんだか頷けないのです。でも“外”では違うのかもしれないな、と改めて思い直します。実際、鬼たちの実力は、野放図なまでに強力ですから。
「秋葉ちゃん、やっぱり鬼だったんだ」と、羽居はなにやら納得顔になります。
「なに納得してるのよ! まあ、それでね、その“鬼”の面が表に強く現れて、その、人ではなくなってしまうことを、反転と呼んでいるわけ。そう、私たち遠野の者は、人としての顔の裏に、鬼としての顔を持っていて、それがなにかの拍子に切り替わってしまうことがあるのよ」
「秋葉ちゃんは、しょっちゅう鬼になってるよね」
「羽居!」
 秋葉は、きしゃーっ、とでも鳴きそうな顔になります。
「そうか、“外”では、そうやって鬼の血が温存されてきたのか」
 魔理沙は感心しています。そもそも、鬼と人が交わるという発想が無かったようです。
「あれは遠野の身内か。すると、退治するわけにも行かないな」
 蒼香は考え込みます。
「いいえ、反転した者の処断は、遠野の長の義務よ。手伝ってくれたら、むしろうれしいわね」
 平然と答える秋葉に、むしろ蒼香たちの方が釈然としないようです。それはそうでしょう、実の兄だといったのですから。とはいえ、秋葉も本当に平然としていたかというと、心の奥底では葛藤があります。ただそれを意識すれば、余計つらくなると理解しているのです。
「それでね秋葉ちゃん、この人の身元は想像つくの?」
 いつも話を脱線させるのが得意な羽居ですが、時々話を元に戻してしまうので、油断なりません。
「そうね、自宅に兄さんの身辺調査報告書があるから、手繰っていけば分かるかもしれないわ。兄さんの周囲の主要人物に関しては、すべて調査したから」
「おいおい、いくらブラコンとはいえやりすぎだぜ」
「秋葉ちゃんのお兄さんと恋人になる人は大変だねー」
「な、なにいってるによ。遠野家の者が変なイキモノにつかまってしまっては大変じゃない。それだけなのっ」
 ここぞとばかり囃し立てる蒼香と羽居に、秋葉はキーッとばかりに怒りを向けます。
「まあさ、自宅は遠いってことだから、ちょっと戻ってくるってわけには行かないんだろう? それに、直接聞いた方が早いんだぜ」
 魔理沙が示す通り、女の子は身じろぎして、まさに目を開けようとしているところだったのです。
「んっ……」
 女の子の目蓋が震え、それからゆっくりと開きました。少しの間、ボーっとしています。が、急にクリッとした目を見開いて、ハッとした顔になりました。
「あっ――わたし――」
「大丈夫? あいつにひどいことされたけど」
 秋葉が、気遣わしげに声を掛けます。
「あいつ――あっ――」
 女の子は、急にガバッと跳ね起きます。
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
 秋葉が女の子を抑えます。
「見た目は治ったけど、あんな目に遭わされたんだから」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。あいつは、あいつは――邪悪なんだもの。絶対に放っておいてはいけないんだもの」
 女の子は、秋葉を押し退けるようにして、ベッドを降りようとします。途端――
「あっ! 痛っ、っつつつ……」
 頭を抱えるなり、ベッドの上でのた打ち回ります。
「だ、大丈夫か」
 蒼香も魔理沙も、慌てて女の子をベッドに押し返します。
「無理すんなよ。あんだけ痛めつけられたんだからさ」
 魔理沙は、女の子を気遣いながら、布団を掛けてあげます。
「ち、違う、これは、違う……」
 頭を抱えたまま、女の子は弱々しく答えます。
「違うって?」
「これは、あいつに呼ばれてるのよ……」
 女の子は、それでも起き上がろうとします。
「見たでしょ、あいつは危ないんだ――あいつを野放しになんてできないよ――」
 半病人の態で、それでもむりやりにベッドから抜け出ようとします。
「よせよ、あんた、どうにかなっちゃうぜ」
 魔理沙は、女の子をベッドに再び押し返すと、諭すように言い聞かせます。
「あんたのことを、あいつは『子供』と呼んでた。あんたはあいつに『呼ばれた』といってる。あんたの今の気持ちがどうあれ、行かせられるもんじゃないな」
 それは確かにそうです。どうやら、この女の子と、あの男とは、なんらかの関係が存在しているようです。あの男、この子のことを僕と言っていました。行かせるのは危険です。
「あいつはわたしたちでなんとかするから、あんたはここで大人しくしてるんだ。さもないと、余計ややこしくなる」
 蒼香は、ついに女の子をベッドに押し返します。女の子はベッドでうーん、と唸っています。
「あなたは、あいつに呼ばれないように気をつけなさい。ねえ魔理沙、あいつの居場所は?」
 秋葉は女の子に言い置くと、魔理沙に尋ねます。
「近くにいそうなんだぜ。なんとなく、おなかの辺りでもやもやしたものを感じる」
 魔理沙は独特の表現を使います。彼女の感覚は、あの男がすぐ近くにいるのを察知しているようです。
「こりゃ、どうしても退治しなけりゃならないようだな」
 蒼香は、秋葉と魔理沙に目を向けます。
「当たり前でしょう。あんな危険物、勝手にさせられないわ」
 秋葉は蒼香に背を向けると、さっさとドアに向かいます。まったく、可愛げがないんだから――と、蒼香と魔理沙は顔を見合わせて、苦笑します。
「羽居、あなたはここに居て、その人を見ていなさい」
 背後でエーッ、という抗議の声が湧くのを無視して、秋葉はさっさと廊下に出ます。蒼香、魔理沙も続きました。
 既に真夜中です。こんな時間に廊下に出るなんて、お手洗いを使いに出るくらいなものです。既に寝静まっているのか、人の気配はありません。しかし――
「うっ――」
 秋葉の顔がこわばります。なぜなら、先ほどの遭遇で感じ取った、あの男の"悪意"が、この廊下にも漂っていたからです。
「いるっ――」
 蒼香も緊張を露にします。魔理沙は無言ですが、冷や汗が頬を伝います。それくらい、強い"悪意"を感じたのです。
 ふと、秋葉は何かに気づいたのでしょう。さっさと廊下を進み始めました。
「お、おい、遠野」
 蒼香は、声を潜めて呼び止めようとしますが、秋葉は気にせず進んでしまいます。結局、蒼香も魔理沙も、後を追ってゆきます。
 秋葉はとある部屋の前に立っています。追いついた蒼香は声をかけようとして、ためらいます。というのも、その部屋の住人は――
「――?」
 事情を知らない魔理沙は、もの問いたげに蒼香に目を向けました。が、蒼香も簡単には答えられず、黙って秋葉の背中に向き直ります。というのも、そこは四条つかさの部屋だったからです。
 お邪魔します、とも言わずに、秋葉は部屋の戸を押し開けます。鍵が掛かってなかったのでしょうか。いいえ、そもそも細く開いていたのです。蒼香も、そっと覗き込みました。肩越し、いいえ、身長差から脇の下越しに覗き込みました。つかさのベッドが空であることは、蒼香にも一瞥で知れました。
「これは、まずいわね」
 再び廊下に出て、秋葉は弱り顔でいいます。
「寄宿舎全体に悪いものが漂っているわ。これじゃあ、憑かれやすい子は参ってしまうかも」
「そうだな、確かに息が詰まりそうなくらい、なにか邪悪なものを感じる。って、遠野さぁ、声が大きすぎるよ」
 秋葉に釣られて普通に答えてしまった蒼香ですが、慌てて声を潜めます。こんなに静かな廊下で話していたら、回りの部屋の住民を起こしてしまいます。
「心配は不要よ。みんなこの邪気に当てられて、眠り込んでいるわ」
「むう。すると、こんな時にベッドを空にした奴は――」
 蒼香は最後まで言わず、廊下の彼方に目をやりました。横で、魔理沙がムッと厳しい顔になります。
 うふふふ――
 楽しげな、どこか狂ったような含み笑いとともに、廊下の向こうから人影が現れます。
「やはり、あなたが真っ先に取り憑かれたのね」
「うふふふ」
 秋葉の問いに、なおも含み笑いで応え、その人影はにじり寄ってきます。四条つかさ――秋葉とは『紫の封書』事件以来の因縁の仲です。驚いたことに、つかさはなぜか裸でした。窓からの月明かりに白い肌を浮かび上がらせながら、恐れることなく、天敵といわれる秋葉に歩み寄ってきます。常に無い、不気味な微笑をたたえています。
「痴女かっ」
 事情も遠慮も知らない魔理沙の言葉が、しかしつかさにはこたえたようです。
「――そうよね、いくらインパクト重視といっても、素っ裸で登場なんて、ただの痴女よね」
 がっくりとうな垂れ、床になにやら文字をなぞりながら、ぶつぶつつぶやきます。
「で、でも、違うのよ。今夜は遠野さんを打ち倒せる予感に満ちてるんだから。そうよ、一糸まとわず、この指一本で、地獄送りにしてあげる」
 急に立ち直ると、再び不気味な笑みを浮かべながら、つかさは秋葉に向かってきました。その足が速まります。秋葉たちは、厳しい顔になって身構えます。
 後数歩という時でした。不意に立ち止まると、ゆっくりと足を振り上げます。その、むしろゆったりした動作に、思わず惑わされかけます。なにか、新体操めいたつかさのアクションを、思わず見つめていると――
 ブン、と風を切る音。
「遠野!」
 蒼香が目にしたのは、まるで瞬間移動のように秋葉の目の前に現れ、かかと落しを食らわせるつかさの姿でした。そのかかとが、秋葉の頭頂を打ち抜きます。蒼香の喉元まで、悲鳴が出掛かります。と、
「危ないわね」
 打ち抜かれた、と見たのは蒼香の目の錯覚でした。秋葉はわずかに身を屈めると、つかさのひざの下に肩を潜り込ませ、見事交わしていたのです。
「はっ!」
 秋葉は掌底を叩き込みます。が、つかさは一気に十歩ほども飛び下がって、難なく交わします。
「さすがね、遠野さん。わたしがライバルと見込んだだけのことはあるわ」
 なんとなく秋葉っぽい高慢そうなポーズを取りながら、つかさは笑います。素っ裸で。つかさもそれなりに美少女なので、男性がこの場に居たら、さぞ眼福な事だったでしょう。が、対面するのは同性の秋葉たち。つかさの裸に惑わされることはありません。むしろ、どこか気の毒な人を見る目です。
「私は、四条さんのことなんて、ライバルだと思ったこと無いけれど」
「――言ったわね」
 秋葉の平然とした反駁に、つかさの表情が険しくなります。
「泣かせるだけで許してあげようと思ってたけど、やっぱり殺す。殺してあげる」
 眦を吊り上げて、つかさは秋葉たちに向かって両手を掲げます。
「炎を」
 つかさが唱えると、秋葉たちの周囲を、まるで鬼火のような炎の輪が取り囲みました。
「氷を」
 炎に取り囲まれた秋葉たちの頭上に、さらに無数の氷柱が現れます。鋭い切っ先が、秋葉たちを狙います。
「雷を!」
 つかさの掲げた両手に、まるで剣のような電光が現れます。うっ、と秋葉たちが身構えるより早く――
「くたばりなさい!」
 つかさは、常には使わないような汚い言葉を吐き、その腕を振り下ろしました。閃光と共に雷が放たれます。同時に炎の輪は一気に狭まり、氷柱は秋葉たちを押しつぶさんと落下します。避ける間のあればこそ。鬱病で引きこもったニートですら部屋から飛び出すほどの大音響。がっしりした鉄筋構造に作りかえられたばかりの寮舎は、重々しい振動と、激しい雷光、火炎に揺さぶられます――
 一瞬の後、そこは彗星が墜落した鍛冶屋に雷神が追い討ちをかけたかのような惨状を呈します。廊下の床面はささくれ立ち、窓ガラスも綺麗に吹き飛んでいます。ちろちろと延び始めた炎の舌に照らし出されて、砕けた大量の氷が解け始めています。たとえ、そこに誰が立っていたにせよ、跡形もなくなっているだろうと思わせるほど、悲惨な状況でした。
「あはははは――」
 つかさは乾いた笑いを発します。
「やっちゃった、とうとう遠野さんを手にかけちゃった。ついでに月姫さんと、知らない人までも……」
 笑っているのに、どこか悲しげで空ろな、そんなつかさです。と。
「失敬な、死ぬものかなんだぜ」
 つかさが我に返るより早く、光り輝くものがつかさに殺到します。ひゃあ、魂消るような悲鳴が上がります。
「いたたたたた、痛っ!」
 全身を、その金平糖のようなものに叩かれて、つかさはのた打ち回ります。
「どうだい、流れ星みたいできれいだろ? 牽制には最適なんだぜ」
 魔理沙は、つかさの攻撃を見事に逃れていたようです。直撃した地点から横っ飛びに飛んだ、廊下の端に立っています。エプロンのあちこちにお焦げを付けてはいますが、五体無事です。
「こ、このっ、痛いじゃないの! 乙女の肌をなんだと思っているのよ」
 つかさは、自分のしでかしたことも忘れ、怒り狂います。
「そうね。乙女の肌は命より大切ですものね。地獄でも大切にしなさい」
 へっ――と、つかさが振り向くより早く、頭上より飛び降りてきた秋葉のかかと落しが、つかさの脳天を直撃します。ほとんど首が肩にめり込むほどの一撃。つかさは、きゅー、と目を回し、ばったりと倒れこんでしまいました。
「と、遠野。殺してないよな?」
 同じように上から飛び降りてきた蒼香が、やや青くなって訊ねます。三人は、秋葉が檻髪の一撃で打ち抜いた氷柱の隙間から、天井へと逃れていたのでした。
「四条さんの頚椎が丈夫ならね」
 空恐ろしい事を吐く秋葉でしたが、床に突っ伏して痙攣しているつかさは、どうやら息があるようです。
「それより、黒幕登場よ」
 秋葉が二人の注意を促します。廊下の向こうに、つかさのそれとは比べ物にならない、強烈な悪意が漂い始めます。が、強まるや否や、それは不意に遠ざかり始めます。
「……これに懲りたら、おイタはやめろよ?」
 最後にそんな言葉を残して、悪意は消えていきました。
「待てい!」
 魔理沙が追いかけようとしましたが。
「ちょ、その前に火を消すんだ!」
 見れば、蒼香は廊下に広がり始めていた火を、必死に踏み消しているところでした。
「こりゃいかん」
 魔理沙も箒を使って、火を叩き消します。
 秋葉は、しかし二人に背を向けたまま、あの男の気配が薄れてゆく闇を、厳しい顔で見つめていました。


羽ピンによる登場人物紹介
 秋葉ちゃん:おこりんぼさん。だけどかわいいんだよー。ちなみに綺麗なロングの黒髪と、おっぱいが無いのを気にしてるところがチャームポイント。うちの学園でも指折りのお金持ち。お兄さんラブ。でも実のお兄さんは日本住血吸虫のように毛嫌いしてるの。ちょっとかわいそうだよねー。
 蒼ちゃん:蒼香ちゃんとも呼ぶよ。ちっちゃいけど男前。ちょっと秋葉ちゃんと似たところがあって、つっけんどんだけどやさしいんだよー。おっぱいもお尻も小さいのに、この作者の別のSSではAV女優並みの扱いだよ。お寺の子で、退魔師というのがこのSSでの二次設定。
 晶ちゃん:秋葉ちゃんのプティスールだよ。小動物系。ひそかに観察すると楽しい。ネイチャースコープの標的だねー。盆暮れに開かれる巨大即売会の常連さんだって。大好物は♂x♂、志貴x有彦。あれ、志貴さんって秋葉ちゃんの最愛の方のお兄さんだよね。有彦さんって?
 つかさちゃん:秋葉ちゃんの天敵。ううん、逆だね。秋葉ちゃんが天敵。前に激しくこぶしで語り合ったことがあるようだよ。でも結果的には、いつもつかさちゃんが病院送りだけどね。憑かれやすい体質なので、将来はきっとイタコさんだね。
 魔理沙ちゃん:新しいお友達。幻想郷ってところから来たんだって。魔法使いさんなんだって。でもわたし、魔法使いってこの世に何人も居ないって聞いたんだけどなー。ちょっと男勝りなところがあるけど、良く見るととっても可愛いんだよー。
 羽ピン:わたしだよー。おっぱいとお尻には自信ありー。体重計は見ない方向でー。実は魔術師なんだよ、っていうのがこのSSでの二次設定。この作者、わたしに得体の知れない属性を付け加える傾向があるんだよ。困ったことは羽ピンに相談してねー。
<続く>

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