No Wayout - 1


   暗い校舎に暗い森――夜の学校は不気味に静まり返っている。昼の間、少女たちの体臭を吸い続けた空気は、夜になって一変する。昏い夕闇の中で醗酵し、ねっとりと甘く湿った空気は、まるで妖怪のように校舎の有り様を支配する。どんな生徒であれ、夜の校舎に近づきたくなどは無いだろう。ましてや、ここは青春の墓場、浅上女学院なのだ。
 そんな夜の校舎に、抜き足差し足で忍び込む影があった。華奢そうな、ほっそりした姿は、どうやらこの浅上女学院の生徒らしい。だとすれば命知らずもいいところといえた。寮の門限破りに加え、校舎への無断侵入となれば、即刻謹慎処分となる可能性が高い。そこまでして忍び込む理由はなんなのだろう……。
 物陰から物陰へ、監視カメラの死角から死角へと進んで行く足取りは、決して慣れているようには見えなかった。たどたどしいとさえいえる旅路の果てにたどり着いたのは、一階端にある男子手洗いだった。完全なる女の園である浅上にも、ごく少数の男性職員がいる。もっぱら高齢の、役員クラスの者たちだったが、彼らのためにもいくばくかの設備が必要だったのだ。
 影は、手洗いの窓へと近づいた。ほのかな明かりに照らし出されたその顔は、緊張のためか青ざめていた。恐らくは高等部の生徒なのだろう。肩の辺りでざっくり切り揃えた髪を、清潔そうにピンで留めた、なかなかキュートな少女だった。ただ、月明かりに溶けてしまいそうな、線の細さが気になるだろうか。
 少女は、震える手で窓をそっと押した。窓は抵抗無くスライドし、侵入するのに十分な隙間を作った。その窓に鍵が掛かってないことに、少女は少し驚いたようだった。が、やがて覚悟を決めた様子で、その隙間へとよじ登っていった。
 暗い廊下に足音が響く。少女は二階に登ると、ある教室の扉を、躊躇い勝ちに開いた。彼女のホームルームだった。真っ暗で、しんと静まり返った部屋に、何者の気配も感じられない。と――
「――つかさちゃん?」
 不意に、横合いから声をかけられて、少女は思わず飛び上がりそうになった。
「――志貴さん?」
 ぎぎっ、と軋みを立てそうなくらい、身を硬くしながらも、つかさと呼ばれた少女は、横を向いた。部屋の前の方、つかさが入ったのとは別の扉の方から、ゆっくりと影が近づいてくる。ほんのわずかな明かりに照らし出されたのは、眼鏡をかけた少年の姿だった。
「志貴さん、本当にいらっしゃるなんて――」
 実物を目の前にしながらも、つかさはどうしても信じられない思いを抱いていた。
 すると、志貴は、軽い笑いを漏らした。
「どうしてもつかさちゃんに会いたくってね。一階の鍵を、ちょいと外してしまったんだ」
 そんなことが『ちょいと』できるなんて、つかさには信じられなかったが、愛しい人がいるという事実の前には、それ以上には瑣末なことに気が回らなかった。
「つかさちゃん――」
 志貴と呼ばれた少年は、手を伸ばし、つかさをそっと抱きしめた。つかさは、思わずあっと声を出した。この浅上女学院で青春を費やしてきたつかさには、異性への免疫がまるで無かった。女とはまるで違うごつごつした体、そして男臭い体臭に、つかさは思わず陶然となりかかった。
「うれしいよ。本当に来てくれるなんて。俺も待ってた甲斐があった」
 少し低められた声が、つかさの耳元にそっと触れる。つかさの体の中心を、ぞくっ衝撃が走り抜ける。
「わたしも、うれしい――」
 今までに無い、新鮮な感動を味わいながら、つかさは志貴の腕に体を預けた。
「まさか、遠野さんのお兄さんと、こうなれるなんて――」
 思わず、そう口走ってさえいた。その『遠野さん』によって壊された部分を、その兄が埋めてくれている――つかさにはそう思えた。

 つかさ――四条つかさにとって、遠野という名は鬼門だった。つかさは、この浅上に集められた多くの娘たちのような、上流階級の人間ではない。ひどく見栄っ張りな両親の意地だけでここにやられた、血筋は華族の出身だったが金銭的には恵まれてない、ごくふつうの中流階級の娘だった。娘一人を浅上に入れるには、多額の学資と、それに倍するほどの寄付金が必要だ。上流階級と分類されるような家庭なら、それほどの負担でもないのかもしれない。だがつかさの両親にとっては、それこそ一世一代の“投資”だった。おまえを浅上に入れてあげたのだから――別につかさが頼んで入れてもらったわけでもないのに、つかさは両親、さらには親族から、常にプレッシャーをかけられていた。だから、つかさは成績を上げて、それに応えるしかなかった。
 幸い、中学三年の間は、常にクラストップを維持することができた。学年でも片手に入る成績だ。財力で誇るべきところが無く、それがコンプレックスになっていたつかさにとって、この成績は誇りになっていた。つかさが、周囲の恵まれた家庭の娘たちに臆することなく、むしろ覇気のあるところを見せていられたのは、その誇りゆえだった。資産ではともかく、知力ではずっと上を行ってみせる――そんな誇りがあったのだ。
 それが打ち砕かれたのは、高校に進んで最初の成績表を渡されたときだった。担任から――四条さんは、残念だけどクラスで二位ね――と教えられたのだ。トップは、中学の時にずっと学年トップだった、遠野秋葉だった。つかさと秋葉は、高校になって初めて同じクラスになったのだ。
 一見、当たり前のことのように思えるのだが、つかさにすれば信じられない思いだった。高校に上がり、最初の学期というのは、環境が変わることもあり、中学までの知識が通用しないものだ。つまり、ここで全員が一斉に再スタートとなるのだ。だから、つかさは懸命に頑張った。中学三年間のどの時期に較べても、なおもつかさは勉学に集中した。文字通り、寝る間も惜しんで、打ち込んだのだ。
 つかさには、クラストップどころか、学年トップになれる自信があった。学力テストでは全教科満点に近い成績だった。それだけでも充分な自信を持てたはずだが、もう一つの根拠があった。最大のライバル、遠野秋葉が、それほど勉学に時間を割いている気配が無かったのだ。
 秋葉ちゃん? んーと、そうね、部屋に帰ってから一時間くらいお勉強してるけど、疲れてるみたいですぐ寝ちゃうよー――秋葉と同室の三沢羽居からそんな情報を得ていた。秋葉は生徒会に所属し、しかも副会長となったので、その執務だけでも大変な時間を取られているはずだ。クラス委員ではあるものの、生徒会活動はおろか、部活動にも一切手を出してないつかさは、その点だけでも大きく有利だった。まして、寝る時間を削ってまで勉学に打ち込んでいる気配がないとなれば……。勝算は濃いはずだった。だが事実は、つかさの想像の上を行っていたのだった。
 一学期末、まさかのナンバー2通告を受けてから、つかさは衝撃で食事も喉を通らない状況が続いた。総合成績としては、実は以前と変わってないのも関わらず、家族からは『成績を落として……』などとなじられた。なぜ、自分がそんな目に遭わなければならないのだろう。これほど努力したのに。
 後々、秋葉が全ての教科で満点を取っていたことを知った。最初に頭を過ぎったのは、なんらかの裏工作の存在だった。遠野家は飛びぬけた資産家で、浅上の生徒の中でも随一だと聞いた。実際、多額の寄付金に物を言わせ、なんらかの裏工作をしたのではないか。だが、つかさの目にも、とてもそんな気配は読み取れなかった。秋葉は完璧すぎるくらいの優等生で、事実つかさが解けない問題も、苦も無く解いて見せたりした。つかさが一番受け入れがたかった結論、つまり遠野秋葉は、そもそも人間としての能力が、つかさとは桁違いに高いのだ、と認めざるを得ない時がやってきた。つかさが、その苦い結論を受け入れた時に感じた不快感は、生まれて初めて味わったものだった。秋葉がなんらかの不正を働いたという結論なら、むしろ好都合だ。それはつかさが、生まれた家の貧富の差によって不幸を託ったというストーリーに収束できる。それで告発するとか、秋葉に抗議するとかいった外的な働きはさておき、内的には、つかさの心としては、それで折り合いが付く。両親にだってそれで強い立場に立つことが出来るのだ。ところが、どんなに頑張っても能力の差を埋めることが出来ないとすれば、つかさの今までの努力は全て無駄になる。つかさを支えてきたものが、全て崩れ去るのだ。
 つかさは、自分でも気づかないうちに、徐々に壊れていった。秋葉の一挙一動に神経を尖らせるようになり、なにかアクシデントが起こって秋葉の成績が落ちないかと願ったりした。だがそんなつかさの願いにもかかわらず、秋葉の成績は、二学期にも飛びぬけたトップを維持していた。なにか家庭内で騒動があった気配があり、さらには一時的に転校したことすらあったにも拘らず、だ。つかさは、もっと直接的なアクシデントを願うようになった。といっても、元々心優しい彼女に、他人の不幸を願い続けることなど出来ない。しかし、心の片隅に、それでも――という気持ちが残っていたのは否定できない。闇は、そんな彼女の心の隙に付け込んだのだ。そう、あの、紫の私書箱事件が――

「今日は秋葉にいじめられなかったかい?」
 教卓の上に座った志貴は、膝の上につかさを抱きかかえて、耳元にささやきかける。人目があればとても耐えられないような、恥ずかしい状態だ。しかし、その人目も無く、抱かれているのが恋する少女だとすれば、話は別だ。つかさは、異性への免疫の無さも手伝って、流されるようにして、この状況を受け入れていた。
「いえ、遠野さんとは、別に」
 どんな状況でも、遠野秋葉のことに触れられると、声が震えてしまう。あの紫の手紙事件は、つかさにとって忘れがたい悪夢だった。トラウマとなって、一生涯苦しめられるような。でも――
「遠慮しなくていいんだよ。秋葉は遠慮が無い奴だから、きっと君にも辛く当たってるんだろう? 妹の不始末は兄の責任だ。君にはすまないと思う」
 なんの飾りも無い、取り様によっては社交辞令とさえ思えるような言葉が、つかさの心には不思議なくらい染みてゆく。まるで秋葉がこの場にいて、あてこすって見せているような親しげな口調が、つかさの壊れてしまった部分を、優しく埋めてくれる。
 つかさが志貴を見初めたのは、父兄参観日のことだった。父兄とは言うものの、実際には両親の参観が圧倒的多数だ。そんな中、同年代の男性が混ざっているのは、やはり目立つ。黒ぶちの眼鏡を掛けて、きょろきょろと周りを見回しながら、居心地悪げに参観していた男性のことは、やはりクラスの話題になった。が、間も無く、彼に関して語ることは、一種のタブーとなった。その人が遠野秋葉の兄であり、かつまた秋葉が話題に出されることを極度に嫌ったからだ。多くの生徒にとって、秋葉は頼りになる、しかしいくつかの部分で敬して遠ざけるべき部分を持った級友だった。だから、秋葉の“兄”の事が公然と話題に上ることは、二度と無かった。ほとんどの生徒にとって、いかにあの遠野秋葉の兄であろうとも、わずかな時間、ちらりと見かけるだけだった相手だ。だがつかさにとっては違う。
「つかさちゃんに案内してもらったときは嬉しかったんだよ」
 つかさに、優しく語り掛けるような志貴の声は、なぜかつかさの背筋をぞくりとさせる。
「右も左も分からないで、このままじゃ参観に遅刻して秋葉に怒られちゃうなあと思ってたから。君に案内してもらって、本当に助かったよ」
 参観授業の直前、職員室に呼ばれたつかさは、その帰路、偶然に、ロビーで途方に暮れている志貴と出くわした。優しそうな人だな――というのがつかさの抱いた第一印象だった。いかにも裕福で、抜け目無さそうな父母が多い中、志貴はいかにも平和そうな一般人に見えた。少々場違いにも見えた。つかさが思わず声を掛けたのは、その様子が、やはり自分の境遇と重なって見えたからだろう。どうやら自分の教室を探しているらしいと理解したつかさは、志貴と連れ立って自分の教室へと戻っていった。その短い時間、交わした言葉はわずかであり、扉の前で別れるとき、『ありがとう』と礼をいわれて終わりだった。その時は、この人がまさか秋葉の兄だとは思いも寄らなかった。ただ、淡い想いだけが、胸に残った。それは、つかさが同年代の男性と話した、初めての経験だったからだけではない。志貴の言葉に、暖かい人格がうかがえて、それが胸に残ったのだ。
 それからが大変だった。寝ても覚めても、志貴のことが頭に浮かんでしまう。志貴のことばかり考えつづけてしまう。これは気の迷いなんだ、一時的なものなんだと、自分にずっと言い聞かせてきた。だけど、胸の中のもやもやした想いは、一向に晴れなかった。あれほどに、食事よりもなお習慣付けられていたほどの予習復習も、まったく手がつかなくなったくらいだった。それが晴れたのは、『会いたい』とだけ綴られた、志貴からの手紙を受け取ったときだった。その時になって初めて、つかさは、自分が本当に恋をしていることに気づいたのだ。
「この間、飯の時に君の名前を出したら、秋葉に嫌味を言われちゃったよ」
 秘密事を打ち明けるように、志貴はおかしそうにささやいた。
「『学校の事は口に出さないでください』なんてね。秋葉は、きっと妬いてるんだよ。俺が他の子に目を向けるのが、本当は気に食わないのさ」
「わ、私も、学校で遠野さんに――」
 志貴の口調があまりにも打ち解けたものだったから、その気は無かったのに、つかさはついつい口に出していた。
「なんだって? あいつ、やっぱり君をいじめていたのか」
「い、いいえ、そうじゃなくて――」
 つかさは学校での出来事を話した。数日前、つかさが教室を横切り、友人たちと雑談していた秋葉の傍を通ったとき――兄さんが、四条さんのこと、憶えていたのよね――と、秋葉の声が聞こえた。振り向くと、こちらにちらりと目をやった秋葉の、不機嫌そうな目と合ってしまったのだ。
「もしかして、遠野さんは、志貴さんが私に手紙をくれたことを知っているのかしら――」
 自分では抑えようの無い恐怖感が募ってきて、つかさの声は思わず震えた。しかし、
「大丈夫さ」と、志貴が優しく抱きしめてくれると、つかさの緊張はスッと解けていった。
「大丈夫。あいつは君に手を出さないさ。心配しないでくれよ」
 つかさの体に回された手が、今は暖かく感じる。
「いきなり手紙を出しちゃったから、びっくりしたろう」
「は、はい。それはもう。でも凄く嬉しかったんです。まさか志貴さんが、私のことを憶えてくれていたなんて――」
 実際、志貴からの手紙が届いているのに気づいたつかさは、当初は大いに困惑した。志貴の意図が理解できなかったのだ。会いたいといわれても、わざわざ深夜の校舎で面会する意味が分からなかったのだ。もちろん、もしかしたら、という想いはあった。さらにいえば、そうあって欲しいとも思っていたのだ。だが、それはあまりにも乙女チックに思えて、まともに取り上げるのも気恥ずかしく考えていた。もちろん、志貴を見初めてから、つかさの胸には熱い想いが燃え続けていた。恋人同士になれたらいいなとか、ここから連れ出してくれたらいいなとか、そんなことまで考えたこともあった。しかし、それはまともに取り上げるには馬鹿馬鹿しすぎるくらい、可能性の低いことのはずだった。なのに今、つかさは、志貴に抱きしめられている。
 志貴は軽く、ふふっ、と笑った。
「一目見たときから、なんだかつかさちゃんのことが忘れられなくてね。なんていうか、秋葉とは逆のタイプだなあって」
 つかさは、きょとんとしている。秋葉と逆といわれても、具体的にどうなのかぴんと来ないのだ。が、志貴には分かっているらしい。それならそれでいいか、つかさはそう思いなおした。
「つかさちゃんって、本当に細いんだね」
 志貴は、つかさの体に回していた手を、そっと腰に置いた。つかさ自身、本当に、我ながら、情けないくらいに細いと思う。こんな女としての魅力に欠ける体は無いと思っていた。だけど――
「ふふっ、柔らかいね」
 志貴の様子をうかがう限り、そうでもないようだ。自分の体に興味を持ってくれている――そう感じた途端、羞恥心と、それを上回る嬉しさから、顔がカッと赤らむのが分かった。
「つかさちゃん――」
 志貴の声が熱気を帯びる。つかさの腰に回されていた手が、迷い無くスカートの中へと差し込まれた。つかさは、志貴に抱きしめられた時から覚悟は固めていたものの、やはり身をぎゅっと硬くしてしまう。その指が太ももを這い進み、やがて下着へと掛かった時――
「だ、だめっ!」
 思わず声をあげていた。やはり、生まれて初めて、男に抱かれるのは怖い。
 志貴はすっと手を抜き出すと、「ふふっ、かわいいね」と、つかさの首筋に軽く触れるように、口付けしてくれた。
「あっ――」
 つかさは身をぴくんとすくませた。志貴の口付けは、とても気持ちよかった。まるで、そこから温かいエネルギーを注ぎ込まれたようで。
「怖がらなくていいよ、つかさちゃん。どうしても無理なら止めるからね」
 志貴の声は、あくまでも優しかった。つかさの心に響くものがあった。
「あの――」
「んっ?」
「し、してください」
 いってしまってから、つかさは顔が赤らむ思いだった。こんなにあからさまに求めてしまうなんて。だが志貴は、
「そう。でも無理しないで、怖くなったらいってね」と、あくまでも優しく、つかさにささやきかけてくれる。
 その声は、まるで催眠効果を持っているようだった。秋葉ちゃんのお兄さん、声が凄くいいんだよー――会ったことがあるらしい三沢羽居の言葉が、つかさにも今は良く分かった。もう安心していいんだ、この人は絶対に私を傷つけないから。そう感じた。ちょっと、笑みさえ浮かんだ。こんな優しい人が傍に居るのに、始終文句ばかりいって、結局遠ざけてしまう遠野秋葉という女は、なんて鈍いんだろう。そう思った。
「してください」
 もういちど、声に出していった。志貴は、一瞬だけあっけにとられたようだが、やがてくすくすと笑うと、「はい、お嬢様」と、また強く抱いてくれた。
 志貴の指がショーツの中に侵入してきても、今度は拒まなかった。身をとろんととろけさせるようにして、志貴に預けてしまう。
「どう?」
 志貴がそうささやいたとき、志貴の指はつかさの雌芯へと侵入していた。生まれて初めて人の手に触れさせた、大事な部分。それを意識しないでいられるわけがない。さすがに、つかさは身を硬くした。
「どう? 嫌?」
 志貴は、また優しく問い掛けた。やめるか、というニュアンスを感じた。
「い、いえ、不快じゃない、です」
 自分でもよく分からないが、少なくとも嫌ではないのは確かだった。
「体の中からもやもやした物が湧いてきて――すいません、よく分からないんです」
「ふふっ、それでいいんだよ。もっと気持ちよくしてあげるよ」
 ショーツの下で、志貴の指が、つかさのオンナをゆっくり開いてゆく。つかさ自身、そこを開いてみた経験は、数えるほどしかなかった。なのに、今この瞬間、つかさのオンナは、今日初めて触れ合った男の手によって、大きく開かれてゆく。さすがに性急すぎかしら――つかさの脳裏を、そんな思考がかすめた。でも、つかさが志貴のことを好きなのは確かだ。このまま結ばれてもいいと思った。
 そう、この人の女になる――つかさは密かに決意を固めた。
 志貴の指が、つかさの雌芯へと差し込まれた。そして、それをなぞるように、ゆっくりと這い回り始めた。その、とても自分の一部とは思えないグロテスクな形を思い出して、つかさは思わず身をすくませた。志貴の指が熱く、焼け付くように感じる。その形がはっきりと分かる。その指が動くたび、つかさのオンナの形が、くっきりと意識されてしまう。否応なく分かってしまう。
「ああっ――」
 つかさは、思わず声をあげていた。志貴の指に感じたのではなくて、志貴の指が教えてくれる、自分の形の卑猥さに。
「――ごらんよ」
 志貴は指を抜くと、つかさの前にかざした。人差し指と中指の第一関節までが、バターを塗ったように濡れて光っている。つかさは、それをきょとんと見つめた。それが、自分の器官から分泌されたものだと気づくのには、時間が必要だった。そしてそれに気づいた瞬間、つかさの全身に、戦慄が走った。決して不快なものではない。それは、今からつかさが女になる予感のようなものだった。
 つかさの頭は一瞬のうちに飽和して、ただただ志貴の指にこびりついた、自分の体液の事しか考えられなくなってしまった。志貴さんの指に、私のが――と。
 ふと我に返ると、つかさは教卓に一人で座り込んでいた。そして志貴はというと、つかさの足の間に、その頭を埋めていた。
「――!」
 一瞬驚いたが、すぐに自分で制服のプリーツスカートを上げて太腿を押さえ、もっと吸いやすいように腰を突き出した。志貴には、もっとそうさせてやりたい雰囲気があった。初めて異性に抱かれるのはこちらなのに、志貴のためになることをたくさんしてやりたい、そう思わせる雰囲気があった。
 つかさは、熱い吐息を漏らした。志貴の舌が、下着越しに、つかさのオンナを這い回っている。舌先を抉るように打ち込んだかと思えば、軽くついばむように吸い上げる。その度に、つかさの体が、じわじわと燃え上がる。
 下着越しではやはりもどかしいのだろう。志貴はつかさの下着を下ろしてしまうと、直接むしゃぶりついた。小さく丸まったショーツが、つかさのつま先に引っかかっている。それをぼんやりと見ていると、またじわじわと官能が募ってきた。
「くぅぅん――」
 仔犬のように鳴いて、つかさは頤を突き上げた。いくら暗がりとはいえ、志貴はつかさのオンナの器官を直接見ている。それどころか、まるで形を確かめるように、下から上へ、上から下へ、何度も舐りあげている。そして唇が頂点に触れると、つかさの肉の芽をそっとついばむのだ。その度に、つかさの体が、若鮎のように反り返り、慄く。
 見られている――志貴の目は、つかさの卑猥な器官を眺めている。だが強烈な羞恥心は、もはや燃え上がる官能の燃料でしかなかった。
「つかさちゃんばかりに、恥ずかしい思いはさせないよ」
 志貴はそういうと、ズボンのベルトを緩め、下着ごと脱いでしまった。そこに屹立するオトコの器官を見たとき、つかさは雌芯のうずきを感じた。そう、うずく。早くそれを受け入れたいと、早く一つになりたいと、つかさの器官が主張するのだ。
「ほら、握ってごらん」
「ああ、あ――」
 志貴に手をとられ、つかさは生まれて初めて、オトコの器官を握り締めた。それはつかさが唯一知っている比較対象、すなわち父親のそれよりもずっと大きいように思えた。それだって、ずいぶん昔に見たきりで、今は思い出したくもない記憶だ。思い出の中の父のそれは、醜悪なものに思える。だが、目の前にある同種の器官は、つかさには愛しく感じられた。それが手の中で脈打ち、禍々しい性を主張するのが、つかさには頼もしくすらあった。これが志貴の象徴なのだ。
「つかさちゃん――」
 志貴の声色が変わった。緊張している。その意味が分からないほどには、つかさのオンナは愚鈍ではなかった。その言葉につかさのオンナが反応して、じわっと温かいものが広がってゆく。さらに潤ってゆく。だから、つかさには、志貴が何をしたいのかが分かった。
「――痛くないですか?」
 教卓に、足を大きく開きつつ寝転びながらも、つかさはそう訊かずにはいられなかった。
「それは人それぞれだけど、大丈夫――」
 志貴はつかさの両膝を支えて、大きく開かせると、またつかさのオンナに、軽く口付けをした。つかさは思わずびくんと反応した。
「こんなに濡れてるんだから、心配要らない。そんなに痛くないよ」
「じゃあ、お願いします」
 つかさは目を閉じて、その時を待った。
 つかさのオンナが、志貴の愛撫に緩んでいる。ただ、膝を開かれただけなのに、いつもよりもずっと大きく開いているのが分かった。それを自覚するたびに、羞恥心で体が焼き焦がされるようだ。だがもうすぐ、そこに愛しい人の分身を受け入れるのだ。
 つかさの下の唇をなぶるように、なにか硬いものが触れた。それがゆっくりと入り込んでくる。つかさの雌芯に入ってくる。つかさは身を硬くして、その動きだけを思い浮かべた。が、志貴は一気には入らず、途中で引き抜くと、つかさの蜜を肉茎に塗りたくった。
「本番だよ」
 ごく軽く、優しくささやくと、志貴はつかさの器官に、自分の器官を軽く潜らせた。そして、つかさの体に手を回すと、強く抱きしめた。それだけで、二人の器官は、深く、しっかりとつながってゆく。
 ああっ――つかさの声が漏れた。痛みを感じると共に、自分が充足してゆくのがわかった。つかさの中を、志貴のオトコが進んでゆく。志貴のオトコを、つかさのオンナが包んでゆく。そして、腹の奥になにかが重々しく当たった。二人の器官が、一番深いところで結びついたのだ。正直、つかさにはなにがなんだか分からなかったが、しかし自分が、この瞬間に、本当に女になったことだけは分かった。思わず、涙がにじんだ。
「ゆっくり動くからね」
 志貴はそうささやくと、その通り、ゆっくりと、つかさの中で動き始めた。
「ん――」
 つかさは、志貴が動くたび、痛みを感じた。そこがどうなっているのか、つかさ自身には良く分からなかった。肉の交わりは、しかし直接的な快楽をもたらさなかった。つかさの性感はまったく未開発だった。でも、志貴がいる。つかさの中に志貴がいる。それがはっきり分かる。それが嬉しい。涙がこぼれた。
 生まれて初めての、ずっと記憶に残るはずの行為は、5分ほど続いただろうか。志貴が急に表情を険しくして、大きく息をつくと、つかさの器官に深く深く打ち込み、ふっと力を抜いた。つかさの奥に熱い、スープのようなものが注ぎ込まれるのを感じた。志貴の器官が脈打つのを感じる。つかさの奥に、雄の放った精が広がってゆく。その重大さが分からないわけではないのに、つかさは陶然と受け止めた。むしろ、嬉しかった。志貴が自分を愛してくれた証だと思った。
「――ごめん」
 少しして、志貴は我に返ったようだ。まだ繋がったままなのに、頭を掻いて決まり悪げな顔になった。
「ごめん、つかさちゃんの事、全然見えてなった。俺が一方的に気持ちよくなって、終わっちゃった。ごめん、痛かったろう?」
「えっ、いいえ、そんなこと無かったです。志貴さんに抱かれて、とても気持ちよかったです」
 それはつかさの本心だった。確かに性的な快楽には乏しかったが、志貴に抱かれている時の心地よさは、まさに快楽だった。
「そう、可愛いね」
 志貴はつかさを抱き起こすと、額にチュッとキスしてくれた。二人の結合が解ける時、つかさの中から、どろりとした液体があふれ出すのが分かった。志貴とつかさの体液が。

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