彼女のミステイク



 春休みが明け、学校が始まった頃から、蒼香は一日中髪を下ろしたままにするようになった。周りはあれこれいっている。努めて気にしないようにしていたが、 『男ができた?』という憶測には参った。それは真実、その通りなのだから。幸い秋葉が一喝してくれてから、表立って聞かれることは無くなったのだが。
 別に、志貴にそうしろと言われたわけではなかった。でも、志貴に『女らしいよ』などと言われると、ついつい志貴が喜んでくれそうな髪型にするのも当然だろう。
 恋人なんだから、喜ばせてやらないと――などと、蒼香は秘かに思っていた。
 志貴とは、休み中は毎日のように会った。志貴にも家の事情があるだろうから、いつも朝帰りというわけには行かなかったが、それでもほとんど毎日のようにホテルで落ち合い、二人は愛し合ったのだった。志貴に愛される度、志貴のオトコに蒼香のオンナが蹂躙される度、蒼香の身体の女が目覚めてゆくようだった。そして、そんな関係は、休みが明けても続いた。さすがに会う回数は減ったが、それでも週末ごとに、志貴は蒼香を抱いてくれたのだ。さすがに、秋葉が帰っているときには、逢瀬は叶わなかったが。
「蒼香ちゃん、前より明るくなったね」
 羽居にそう言われるようになったのは、ゴールデンウィークが始まる少し前の事だった。始業前で、生徒が三々五々席に着きつつある。
「別に変わったつもりじゃないんだが」
 蒼香は、羽居に苦笑いしながら返した。
「でも、春休み前みたいにふさぎ込んでないし。もしかして、お家のこと、進展があったの?」
「まあな。あの件は、悩まなくていいようになったんだ」
 そう答える蒼香の口調は、鼻歌でも歌いそうなくらいのものだった。
「そうなんだー。よかったねー」
 羽居は、事情も知らないままだが、そういって我が事のように喜んでくれた。羽居が喜んでくれると、蒼香もなんだか嬉しくなるものだ。
「でも、逆に秋葉ちゃんがふさぎ勝ちなのね」
 ふと、眉根を寄せて、羽居はつぶやいた。
「ん、そうなのか?」
 羽居の言葉に、蒼香はちょっと驚いた。
「年明け頃からずっと浮かれてただろう。なんで急に」
「良く知らないけど、お兄さんとゴールデンウィークに旅行に行く予定が中止になったとか言ってたよ」
「ほお、それは災難だな。まあ、あいつも愛しの兄さんから、そろそろ兄離れしないとな」
「蒼香ちゃん、冷たーい」
 蒼香は、ははは、とごまかした。他のことはいざ知らず、このことで秋葉の力になれないのは間違いないからだ。
 というのも遠野、志貴はわたしと旅行に行くんだから――と、蒼香は胸の中でつぶやいた。
 三日間ではあったが、志貴は蒼香と旅行に行く約束をしてくれた。飛騨の古い町並みを、一緒に歩こうと誘ったのだ。そして、ホテルで――
 この旅行は、蒼香が志貴にねだり、すがり、拝み倒して実現したものだ。せっかく恋人同士になったのだから――と、蒼香は強引に志貴に迫ったのだ。志貴は、秋葉との旅行があるから、と難色を示したのだが、とうとう蒼香のおねだりに負けて、今年のゴールデンウィークを蒼香のために使うことにしてくれたのだ。あおりを食って、秋葉が楽しみにしていた家族旅行の方が、キャンセルになってしまったというわけだ。志貴は、級友たちから強引に誘われて、ということにしたらしい。
 遠野、すまん――蒼香は、心の中で、親友に詫びた。わたしも、恋人ができて、一緒に旅行に行くなんて、初めてなんだ。この休みだけは、志貴を貸してくれ。この埋め合わせは、必ずするからさ――
 始業を告げるチャイムが鳴った。
「おっと、羽居、じゃあな」
 蒼香は、自席へと戻っていった。その時、蒼香の視界に秋葉の顔が入った。確かに、その顔には、深い憂いが刻み込まれていた。
「――」
 今さっき、浮かれた気分で考えたことが、蒼香の胸に蘇った。なにか、冷水を浴びせられたような気分になった。席に着きつつ、蒼香の胸に、なんとも形容し難い、痛みのようなものがわだかまっていた。

 楽しみにしていた旅行の日がやってきた。二人は、わざわざ離れた駅で待ち合わせをしてから、列車で目的地に向かった。
 昼過ぎには到着して、夕暮れ時が過ぎ、夜の帳が降りるまで、二人は古い町並みを歩き回った。仲睦まじく、手をつないで。時に人目を気にもしないで、ムードのある場所で口づけを交わしたりもした。
 ほんと、はまってるな――蒼香は、自分のことを、苦笑混じりに考えている。まさか、あの月姫蒼香が、男と手をつなぎ、さらには人に見せつけるようなキスまでするなんて。春までの自分からは、考えられないことだ。
「蒼香、凄く積極的だし、明るくなったね」
 志貴がそういったとき、格子窓のはまった家並みを横目に、夕暮れ時の道を歩いていた。二人は手を繋いでいる。蒼香は、今まで着ようとも思わなかった、肩口の大きく空いた、白いワンピースをあつらえていた。この旅行では、志貴に女として甘えたかったし、女として見てもらいたかった。
「本当にさ、そういう蒼香はかわいいな。いつもがクールに見えるから、その可愛さは反則だよ」
 半ばからかうように、だが明らかに心底そう思っている様子で、志貴は褒めてくれた。
「なんだか、足元がスースーするけどな。スカートなんて、学校でプリーツスカートを穿くくらいのものだったんだから」
 恥ずかしい反面、正直に嬉しくて、蒼香は顔を赤らめている。
「じゃあさ――」
 志貴は、急に蒼香を抱き寄せると、その耳元にささやいた。
「ホテルに帰ったら、一度目はそのまましような? ワンピースをたくし上げて、蒼香の下着をずらしてさ」
「ば、ばか、インラン。服が汚れるだろ!」
「だから、そうならないようにうまくやるから。今日は中に出していいって言ってたろう?」
 誰の目にも仲睦まじい恋人同士に映るだろう二人は、腕を絡めあい、時に口づけを交わしながら、家並みをゆっくりと歩いた。

「今日は楽しかったけど、遠野には悪いことしたなあ」
 蒼香がそんなことをつぶやいたのは、深夜のホテル、ベッドの上だった。志貴も蒼香も、全裸で仰臥している。既に三回もしていたので、ベッドと言わず、テーブルと言わず、二人の体液が点々と飛び散っている。なにせ二人とも若いのだし、志貴は特に精力絶倫なのだから。蒼香の女性器も、たった今まで続いていた激しい行為によって、トロトロに蕩けて光っている。緩んだ膣口から下腹部に掛けて、志貴の放った精液がどろりと掛かっている。精液がヘアに絡んでしまって、後始末が大変だな、と蒼香は思った。
「――」
 志貴は答えず、暗い天井をじっと見上げている。やはり、後ろめたいのか、と蒼香は思った。
「――ごめん、やっぱり、こんなに強引に誘うべきじゃなかった」
 蒼香も、天井を見ながら、なにか内省的な気分になった。
「特に遠野をがっかりさせたのは、やっぱり心が痛むよ。あいつ、強がりだけど、脆いところがあるからな」
「秋葉とは――」と、志貴が口を開いた。
「これから、週末はずっと居てやることにしたよ」
「ん、どういうこと。遠野は寮住まいだし――」
「週末ごとに帰ってくるように説得したんだ。だから、蒼香との週末デートは、もう無しだ」
「ふうん、そうなんだ」
 蒼香は、ちょっと考え込んだ。
「そうだな。遠野も、お兄さんと一緒に居られる時間なんて、きっとそんなに長くないだろう。いつかは遠野も男を見つけなきゃならないんだしな」
 蒼香は、志貴に顔を寄せた。
「ま、あいつのブラコン振りは心得ているけれど、お兄さんと結婚するわけにはいかないものな」
 冗談めかして言ったのだが、なぜか志貴の表情は、よけいに固くなってしまった。
 言葉の継端を失って、蒼香も天井をぼーっと見上げた。ホテルの部屋には、男女二人の営みが刻んだ、生々しい性臭が漂っている。志貴と、わたしの匂いだ――蒼香はぼんやりと考えた。
「まあ、秋葉のことはこっちでなんとかするよ」
 志貴が、気を取り直したのか、そういった。
「そうだな。まあせいぜい可愛がってやってくれ。あいつ、最近少しふさぎ勝ちだから」
「ちょっと、蒼香とのデートで、時間をとりすぎたよ。あいつが寂しがっている」
「分かったよ」
 蒼香はくすくす笑った。
「遠野が落ち込んでるのを見て、わたしもやりすぎたなと思った。これからは、どう? 水曜日の夜に会わないか?」
「木曜日に朝帰りはつらいな」
「そうならないように努力するのさ」
 二人は顔を合わせると、くすくすと笑いあった。
「そうだな、秋葉が平日に帰っているときには落ち合えないけど、蒼香にも妥協してもらわないとな。さて、もう少し頑張る?」
「明日に響かないように、そこそこで抑えてくれよ、志貴」
 そう答えつつ、蒼香はもう志貴の上に身を投げていた。んっ――と口づけを交わす。志貴との口づけには、蒼香自身の濃厚な匂いが感じられた。というのも、志貴はさっきまで後戯として、蒼香の乳首を口で愛撫してくれていたからだ。
 志貴のキスはうまい。軽く触れるだけのものから、互いの口腔と舌が蕩け合うようなものまで、自在に使い分けてくる。志貴に舌を吸われるのを感じた蒼香は、ちょっと頑張ってみたが、いつの間にか舌を吸い出されていた。それほど強く吸われたわけでも、唇をこじ開けられたわけでもないのに。
「んーっ――」
 肺活量の差もあるのだろうが、濃密な口づけの最中、息苦しさに先に音をあげるのは、いつも蒼香の方だった。志貴は、少し唇を離し、蒼香の気道を解放してくれる。その間も、舌は二人の唇の間で、なにか軟体生物のように、淫らに絡み合っている。
「蒼香、口でしてくれるかい?」
 期待に満ちた目で、志貴は蒼香にいった。蒼香は肉欲に濡れた目で同意すると、志貴の上に身体を逆様に覆いかぶせた。蒼香の目の前に、志貴の器官が屹立している。同時に、蒼香のオンナも、志貴の目にあられもなくさらされているだろう。シックスナインという体位だ。言葉も、漠然とした体勢も知ってはいた。が、志貴に教えられてやってみて、これほど卑猥で恥ずかしい体位もないと知った。だが、今では蒼香のお気に入りだった。
「志貴の、もうカチカチだね」
 蒼香は、志貴のオトコを手でこすり上げた。指に、志貴と蒼香の行為が生み出した、淫らな液体がべっとりとこびり付く。雁首は大きく張っていて、表面はピンと張り詰めている。それを目の前にする度に、こんな卑猥で、大きなものが、自分のあの小さな器官によく収まるものだと、感心さえする。
 蒼香は、鈴口から吸い始めた。先端に口づけすると、エラの方に舌を這わせて行く。舌に、志貴と蒼香の味を感じた。ためらい無く、それを舐め取って行く。さらに、尿道に舌を這わせ、そのピンクの割れ目を責め始めた。蒼香の足の間で、志貴が微かにうめいた。蒼香は、ここが志貴の弱点だと知っていた。
「――っ」
 蒼香の体が、びくんと跳ねた。蒼香のオンナに、志貴が唇を這わせ始めている。蒼香の花弁からは、蒼香の蜜と、志貴自身が放った精とが入り交じり、滴り落ちているはず。だが、志貴は嫌がらず、蒼香のオンナを清めるように、吸い出し、舐り上げてくれる。
 志貴が、蒼香の弱点を、鳶色に輝くルビーを後回しにしているのは、蒼香には敏感に感じられた。それなのに、これだけ感じ始めているなんて――蒼香は、自分のオンナが、志貴の舌によって自在に奏でられるのを感じた。なら、せいぜい、志貴を責めたてるだけだ。
 蒼香は、志貴の尿道を軽く吸った。一瞬、志貴の責めが止まる。それを感じつつ、蒼香は志貴の棹の裏側に舌を這わせていった。ここも志貴には気持よく感じるところらしい。志貴は努めて反応しないようにしているらしいが、蒼香には志貴の欲情が感じられた。口にしている棹は、舐め始めたときよりもなお硬く、怒張しているのだから。
 陰毛があまり生えてない袋に舌を這い進める。逆様に覆い被さっているので、まるで志貴の棹に頬ずりするような形になる。袋の縫い目のような部分、それは蟻の戸渡といって、オトコの性感帯の一つなのだと、志貴から教えられた。
「んっ、はっ――」
 志貴のオトコを愛しながらも、蒼香も志貴に責め続けられている。今、志貴の舌は、蒼香の襞と襞の間を、執拗に這い回っている。志貴と愛し合うようになった頃は、そこを触られてももやもやとするだけだった。だが、志貴にすっかり開発された今、そこは蒼香の性感帯の一つになっている。志貴と愛し合う度、蒼香の体に弱点が増えてゆく。不公平だが、仕方ないかと蒼香は思った。女の器官なんて、半分は内臓みたいなものなのだから。
「んふっ――志貴ぃ――」
 志貴のエラを責めながら、蒼香は悩ましげな声を出した。もう、自分が限界なのが分かった。襞の間を責め終わったら、志貴はとうとうルビーに口づけするだろう。蒼香は、それだけで自分が達してしまうのが分かる。それどころか、ルビーを責められると想像するだけで、蒼香のオンナはどうしようも無く滴ってしまうのだ。蒼香のオンナがひくついている。
 蒼香は、その瞬間を待ち詫びながらも、志貴のオトコに最後の責めを加えていた。口一杯に亀頭を頬張ると、迎え入れた舌先でエラを舐る。そして喉の奥まで、志貴の棹を飲み込み、ごつごつしたそれに軽く歯をスライドさせる。口の中で、志貴が弾ける寸前なのが分かった。
「んっ――蒼香――!」
 志貴が、思わず蒼香のオンナから口を離しながら、身体をビクッと震わせた。その瞬間、志貴の先端から、蒼香の口腔一杯に、叩きつけるように射精されたのだった。口の中にむせ返る、男の匂い。蒼香はえづき掛けたが、こらえて志貴の精液を飲み下す。こくっ、こくっと、蒼香は精液を飲み干していった。飲む度に、それは蒼香に麻薬のように働いた。粘度の高い液体が喉を通過する度、蒼香は食道が性感帯になったかのような錯覚を憶えた。志貴からの脈動は、やがて衰えた。ぼーっとする頭で、蒼香は志貴の尿道を強く吸って、精液の残滓まで吸い出してやった。志貴は喉の奥で、唸るような声を上げている。これが、男にとっては一番気持ちいい瞬間だと、志貴からは教えられていた。
 志貴のオトコを口から解放してやりながら、ぎりぎりだったけど、今度は勝ったなと思った。どうしようも無く滴って、ひくついているのは分かるけれど、蒼香のオンナは達するぎりぎりで踏みとどまっていた。いつも志貴の好き放題にやられているのだから、これくらいは――
 だが、志貴は、最後の最後に蒼香のルビーに口をつけると、軽く歯を立てたのだった。
「ん、んぁぁぁぁあああああ!」
 こらえにこらえていたものがふつりと途切れ、蒼香は一瞬で絶頂に達した。勝利と達成感に酔っていた蒼香の頭は、瞬間的に揮発してしまった。初々しい花弁が痙攣するように震えると、志貴の顔に、蒼香の蜜がぶちまけられたのだった。

「蒼香は、本当にエッチな身体になったなあ」
 痛み分けの形でシックスナイン勝負を終え、また二人はベッドに並んで横たわっている。仲良く、指を絡み合わせながら。ベッドは二人の体液で汚れ、湿り、大変なことになっていた。シーツを替えるだけで済めばいいのだが――
「ばか、わたしをこんな身体にしたのは志貴だぞ。責任取れよ」
 蒼香は笑いながら言い返したが、はっと我に返った。今のは、まるでプロポーズじゃないか。
 だが志貴は、ふふっと軽く笑って答えた。
「そうだな。責任取りきれるかどうかは分からないけど、出来るだけ蒼香の願うようにしてやるよ」
「あのさ、志貴――」
 いつになく真顔になって、蒼香はいった。
「わたしと志貴の関係は、わたしが志貴に、抱いてくれとすがりついてから始まったんだ。志貴がわたしを捨てても文句は言わないよ。むしろ、わたしが女であることを教えてくれた志貴には、いくら感謝しても足りないくらいだ」
「ばか――」
 志貴は手を伸ばすと、蒼香の頭をかき抱いた。
「そんな心配するなよ。俺は、俺にできる限り、蒼香の側にいてやるからさ」
「志貴――」
 蒼香は、志貴の抱擁に身を任せながら、生まれてきて感じたことも無かったような、新鮮な幸福感に酔った。女に生まれて良かったと感じられるようになったのは、志貴と愛し合うようになってからだ。本当に、蒼香は女で良かったと思った。どうせなら、今まで志貴としてきて、たっぷりと注ぎ込まれてきた精液で、志貴の子を身篭もられていたら、とすら思った。
「さて、ナイトキャップ代わりに――」
 志貴は笑いながら蒼香を抱き起こすと、もう数え切れないくらい繰り返してきた口づけに、新しい一つを付け加えた。志貴の手が、蒼香の尻に回されている。今度はどんな風に愛してくれるのかな――蒼香は、期待にオンナが潤い始めるのを感じた。
 だが、志貴の手で抱き上げられながら、蒼香の胸にふとした漣が巻き起こった。蒼香が見ないようにして、忘れようとしてきたのに、心のどこかに刺さっている刺が、ちくりと痛んだのだった。

 実家からは、あれ以来音沙汰が無かった。あの日、志貴に初めて抱かれた日については、蒼香は寮を失踪した廉で学校から叱責を受けた。ところが、それ以来、実家からの連絡がふつりと切れたのだった。いったい、なにを企んでいるのか。蒼香は少々気味悪く思ってはいた。まあ、なにを言ってきたところで、志貴との仲を持ち出して蹴るだけだが。
 ゴールデンウィークが終わってから、あの蒼香との恋愛旅行を期に、志貴は本当に秋葉を屋敷に呼び戻したようだった。週末毎、秋葉の姿が寮から消えるようになった。それと同時に、一時は硬かった秋葉の表情も、ずいぶんと柔らかくなってきた。ああ、うまくいってるんだな、と蒼香は確信できた。そして、心底、良かったなと思ったのだった。なんであれ、自分のせいで、秋葉を苦しめるのは嫌だ。今回、蒼香は秋葉から志貴を奪い取ってしまったような気がして、ずっと後ろめたかった。この程度の譲歩で秋葉の機嫌がよくなるのなら、蒼香にすればおやすいご用だった。
 だが同時に、譲歩の幅には限りがあるとも分かっていた。志貴からすれば自分は女。だが秋葉は妹だ。いつかは志貴を巡って衝突する日も来るだろう。その時、蒼香は志貴の女として、秋葉に対して譲歩するつもりは無かった。そうでないと、本当の親友とは言えないと思っていた。そんな時だけ、どちらかが一方的に折れるなんて。
 ともあれ、蒼香の身辺は、まず順調だった。蒼香は、秋葉に頼り、羽居に甘え、志貴に愛してもらい、今までになく充実した日々を送っていた。自分がこんなに弱い人間だったのかと、少し苦笑まじりに考えつつも。
 梅雨入りを控えたある水曜日、志貴とのデートのために三咲の公園に向かう蒼香の姿があった。一度、寮に帰って着替えていた。肩出しの長袖シャツに、丈の短いチュニックワンピースを組み合わせてみた。我ながら、十分にフェミニンしていると思う。本当に、こんな太股のぎりぎりまで見えるような服を着る日が来るなんて、蒼香には思いもよらなかったことだ。だが、初めてミニスカートを履いてデートに出かけた日など、志貴は驚愕のあまりその場に硬直してしまったほどだった。そして、その夜の行為は、それまでになく激しく、ねっとりと長いものになったのだ。志貴と蒼香の行為が、初めて一晩で二桁に達したのもその日のことだった。それも、最初の三回は、蒼香にスカートを穿かせたままだった。あんなに喜んでくれたのだから、いまさら嫌だとはいえない。それに、新しい自分を発見する体験は、新鮮だった。
 ああ、でも、こんなところを遠野や羽居に見つかったら、と蒼香はヒヤヒヤしてもいた。羽居が無断外出することは無いし、秋葉も同じだ。秋葉が帰宅する場合、裏道を使うからこんなところは通らない。大丈夫だ。分かっている。だけど、それでも想像してしまう。こんなフェミニンな自分を見る、秋葉と羽居の目を。男の目を意識して、女を装う、月姫蒼香を見る二人が。
「かなーり軽蔑されるだろうなあ」
 そうつぶやきつつ、大通りを急いでいたときだった。
「こら、蒼香」
 後ろから声を掛けられた。いつの間にか車道を、一台の大型車がにじり寄っていた。ハッとしつつ振り向くと、リムジンの後席から顔を出している、蒼香の父と目が合った。
「久しぶりだな。見違えたぞ、そんなにお前が女らしくするなんぞな」
「……なんの用だよ」
 無意識に、トートバッグを身に寄せ、警戒しながら、父に問い返した。
「別に取って食ったりはせんわい。それに無理矢理連れて帰ることもせん。まあ、少し話さんか。父娘の会話を、たまにはせんとなあ」
 相変わらず下衆びた奴だ――蒼香は父を軽蔑の目で見た。だが、その言葉に嘘は無さそうだ。蒼香を連れて帰るつもりだったら、こんな往来ではなく、学校の寮で待ち伏せするだろう。蒼香は、不承不承、父の車に乗り込んだ。
 父は、その辺を適当に流せ、と運転手に命じた。そして蒼香を見る目は、なにか裏がありそうな目つきだった。
「なんだよ、話なら早くしてくれよ。用があるんだから」
 蒼香は突き放すように言った。その答えに父が取り出したのは、数枚の写真だった。蒼香は順に眺めていった。そして思わず唸った。
 最初に見たのは、志貴と蒼香が手をつないでホテルに入って行く所だった。次は逆に出てくるところ。服装が違っているので、別の日に撮ったものなのだろう。そして志貴と蒼香が、あの飛騨への恋愛旅行の時に、街角で口づけしている写真。最後に決定的だったのは、ホテルの一室で、志貴が蒼香を背後から責めたてているらしい、全裸でセックスしている二人の写真だった。部屋は暗いので、室外の高所から、夜間撮影用のカメラで撮ったらしい。
「この下衆野郎」
 怒りのあまり、蒼香は写真を握りつぶした。
「まあ怒るな。わしは感心しとるんだぞ。あの遠野の長男を、よくぞ食ったものだとな」
 父はニヤニヤと笑っている。
「写真は処分する。これは保証する。単にお前の言に嘘が無いか確かめるためだけのものだったからの」
「だからって娘のプライバシーを侵すんじゃねえよ」
「それが心配なのが親心じゃろう」
 父は、くくくっと笑った。
 待ち合わせ場所の公園で降ろされ、父の車が見えなくなっても、蒼香の怒りは収まらなかった。怒りのあまり、別れ際に握らされた万札十枚を叩きつけそうになったが、さすがにそれは思いとどまった。
「あのくそ野郎。なに企んでやがる」
 蒼香は不安だった。父は、金のためならなんでもする奴だ。あれをネタにして、秋葉を、遠野家を強請るつもりなのではないか。それは困る。それはダメだ。秋葉を巻き込むなんて。ただでさえ、志貴のことを心配し続けている秋葉を巻き込むなんて。
 だが、待ち合わせ場所をうろうろしながら考え続けているうちに、その可能性は無さそうだと思い至った。あの写真を秋葉に見せたら、それは怒るだろう。それはもう、烈火のごとく。だがその怒りは、まず間違いなく写真を見せた者の身に向く。志貴と蒼香が付き合っているのは、倫理的にはなんの問題もない。だから、強請ろうとすれば、絶対に返り討ちに遭う。さすがの父も、そこまで馬鹿ではない。そもそも、強請るネタになるかどうかさえ怪しいものだ。
 しかし、父がここまで乗り出してきたということは、父の目には月姫家と遠野家の縁を作る絶好の機会に映っているのだろう。
「遠野を、とうとう巻き込みそうだな」
 蒼香は、がっくりとうなだれた。父は馬鹿な小細工を試みるだろう。そして秋葉は、志貴と蒼香の仲を知るだろう。
「それは、遠野がかわいそうだもんな。志貴の妹ってことだけで、こんなことに巻き込むなんて――」
 そうつぶやいて、しかし蒼香にはなにかが違う気がしていた。なにかが。ずっと前から、なにか大きな思い違いをしてきたのだ。月姫蒼香は、志貴に関して、そして秋葉に関して、大きな思い違いをしてきたのだ。ああ、それは半分位分かりかけている。蒼香の深層心理は、なにかに気づきかけている。だが、それを意識の表層に浮かび上がらせる訳には行かない。だめだ、それに気がついてしまうのが、蒼香は恐ろしいのだ。気づいた瞬間、志貴と蒼香の恋愛は――
「おーい、蒼香。どうしたんだよ」
 ハッと我に返った。顔を上げると、屈み込んでいる蒼香をのぞき込む、志貴の気遣わしげな顔があった。
「待ち合わせ場所はこの反対だぞ。探しちゃったじゃないか――蒼香?」
 志貴の言葉は、蒼香が縋り付くことで、打ちきられた。
「どうしたんだよ、蒼香」
 気遣わしげに、優しげに声を掛けてくれた。蒼香は、志貴の胸にすがっている。
「志貴、抱いてくれ。今夜はいっぱい抱いてくれよ」
「蒼香――」
 蒼香の怯えを理解できず、しかし優しく肩を抱いてくれた。
「ちょっとお茶しようかと思ったんだけど、ホテルで休む?」
 答える代わりに、蒼香は志貴の胸で、こくんとうなずいた。
 志貴は、蒼香の小さな肩を抱いたまま、常用しているホテルへと歩いていった。

 部屋に入る頃には、蒼香はだいぶん落ち着いていた。
「なあ、志貴、抱いてくれるよな」
「当たり前だろう?」
 蒼香は、訳のない不安に駆られて、志貴にねだる。そんな蒼香を、志貴は優しく受け止めてくれる。
「今日の俺は蒼香のものだよ。さあ、抱いてやるから」
 志貴は蒼香を立たせると、顔を仰向かせて、唇を合わせた。いつもなら、最初の一回は軽いキスになるはず。だが今日は、蒼香が激しく求めてきたので、最初からねっとりと濃厚な口づけになった。舌をちろちろと付き合わせて、それからねっとりと絡ませ合う。志貴の舌が蒼香の口腔に侵入してくる。蒼香は、志貴の唾液を、まるで麻薬のように感じながら嚥下した。
 志貴の手が、蒼香のチュニックの肩ひもを落とした。スレンダーな身体に引っかかっていたチュニックは、ふさりと床に落ちる。蒼香は、白いレースの下着を身に着けていた。スポーツ用の下着を常用していた蒼香にすれば、かなりの冒険だ。ああ、と蒼香は思い返した。自分が、どれほど遠野志貴に染められてしまったのか。どれほど志貴の好みに合わせようとしてきたのか。
「かわいいよ、蒼香」
 志貴は蒼香の性器を、下着越しに愛撫し始めた。蒼香の前に跪くと、蒼香の割れ目に沿って、指でなぞり始めた。レース越しの感触がもどかしい。しかし志貴の指が蒼香の陰唇やクリトリスに引っかかる度、蒼香の体は戦慄いた。
 蒼香の下着の中心が、蒼香の割れ目に沿ってじっとりと濡れ始めている。その下に色づく、蒼香のオンナの形に添って。下着が汚れるから止めろと言っても、志貴は時々蒼香の下着越しに蒼香を愛撫した。そんな時には、蒼香は志貴の何倍もイカされてしまうのだった。自分が達するより、蒼香をイカせる方が楽しいとでも言うように。いや、そうでもしないと身が保たないとでもいうように。ああ、ダメだ。それを考えていたら、気づいてしまう。気づいてはいけない、そんな恐ろしいことに――
 志貴は、蒼香の太股にキスをしながら、下着をすっと引き下ろした。鼠径部から剥がれる時、そこに愛液の糸が引いた。手慣れた動作。まるで、蒼香以外の、レースの下着を常用している誰かで練習してきたとでもいうような――
 志貴の唇が、蒼香の内太股に這い進んだ。そしてついに、蒼香のオンナに口づけをくれた。蒼香は、はあ、と甘い吐息を吐きながら、長袖シャツを脱ぎ捨て、そしてレースのブラも外した。全裸になった蒼香を、志貴の目が見上げた。蒼香の体に欲情している。飢えた目だ。
「志貴、早く、ちょうだい」
 わたしは、いつからこんなおねだりばかりする、浅ましい女になったんだろうと思った。だが、身体が志貴を欲している。雌芯が志貴のオトコを求め、潤っている。
「ああ、すぐにイカせてやる」
 獣欲にたぎる目で、志貴は蒼香を見ながら、服を脱ぎ捨てた。お互いに全裸になると、志貴は蒼香をベッドに横たえ、膝を持って大きく開かせた。蒼香の、色づいたオンナが、卑猥に開いた花弁が、志貴の目にさらされる。
 志貴は、それ以上の前戯もなにも無しで、いきなり蒼香の雌芯を貫いてきた。だが、十分に滴っている蜜が、濡れた音を立てながらスムーズな挿入へと導いた。蒼香の中心を、志貴のオトコが貫いている。志貴が動き出した。肉を打つ音と共に、恥骨と恥骨がぶつかり始める。ストロークの度に高ぶり、上り詰めながら、蒼香は志貴の背中に爪を立て、泣きじゃくった。きっと、今日も蒼香は何度も、志貴の何倍もイカされてしまうだろう。
 だが、そうして性の狂宴に狂いながらも、頭のどこかでは、不吉な予感に怯え続けていたのだった。

 蒼香は、実家の動きに神経を尖らせていた。あの父のことだ、遠野家に対して、なにかつまらない工作を試みるのではないかと思っていた。もしもそうなれば、きっと秋葉の表情に変化があるはず。
 そういう目で日頃から観察していたのだが、秋葉の表情に変化は無い。蒼香は秋葉のことを、嘘を吐くのが物凄く下手な娘だと思っていた。この年頃ともなれば、友人との間でも頻繁に嘘を吐き、平気でだまし合うようになる。しかし、それがふつうなのだ。そうやって大人の階段を上って行くのだ。
 そういう意味では、秋葉との関係は特殊なのかな、と蒼香は思う。秋葉は能力的に飛びぬけている反面、嘘が凄く下手だ。いや、秀でた能力ゆえに、嘘を吐く必要が無いからかもしれない。
 一方で、蒼香は淡白な性格だし、嘘を吐くのは嫌いだ。嘘を見抜くのも得意だと思っている。だから、二人の間では、嘘が流通することはほとんどない。あるとすれば、即座に見破られる、たわいも無い、じゃれあいのようなそれだけだ。
 だが、隠し事に関しては別ではないかと思い始めていた。蒼香も秋葉も、お互いの過去には、必要以上に踏み込まない。だから、お互いの生臭い過去に関しては、知る由も無かった。だが、蒼香は志貴と恋人同士になった。秋葉は志貴のことを大切に思っているから、ばれたらなにかが起こりそうな気がしていた。蒼香にも、秋葉にも、そして志貴にも良くない事が。だから蒼香は、志貴との関係に関してはうまく隠し通せてきたと思っていた。しかし、秋葉は本当に気づいてないのだろうか。志貴の外泊を疑ってないのだろうか。秋葉もまた、なにかを隠してはいないのだろうか。
 親友に、こうした秘密を作ってしまって、蒼香は心のどこかに痛みを感じ続けていた。だが、時がくれば、きっと打ち明けることも出来るだろう。志貴が蒼香と生涯を共にすると約束してくれたとか、あるいは二人の行為の結果、必然的にのっぴきならない事態に陥ったとか――
 それゆえに、父の存在は不気味だった。あの写真をネタに、なにか馬鹿げたことを仕出かすのではないかと思っていた。秋葉にはどこか脆いところがある。それが蒼香をして、なにか支えてやらなければと思う部分だった。恐らく、秋葉は志貴にこそ支えて欲しいのだろう。そして志貴も、そのつもりではあるのだろう。だが、志貴と蒼香の仲は、志貴と秋葉の仲を壊しかねないものだ。秋葉に、そんな痛みを味あわせたくは無かった。その日が来るにしても、手を尽くして、痛みを和らげてやりたい。だが、父の存在は、そんな蒼香の思いをもぶち壊しにしかねない、危険なものだ。
「お兄さんとは上手くいってるのか」
 梅雨空に憂鬱な気分になっていたある日、蒼香は寮の部屋で秋葉に聞いてみた。
「そうね。兄弟仲はいいと思うわよ」
 蒼香と並んで窓を見ながら、何気ない様子で秋葉は答えた。その秋葉を、蒼香はそれとなく、注意深く見ている。
「ふうん。ま、ブラコンのおまえさんに付き合ってくれるお兄さんも、なかなか忍耐強いタマだな」
「忍耐強いものですか。人が心配しているのに、平気で無断外泊して――」
 秋葉の言葉には、兄への純粋は気遣いがうかがわれた。いつもの秋葉らしくも無い、少し弱気な顔に、蒼香の心は騒いだ。
「まあ、な。お兄さんくらいの年頃なら、仲間内で遊びまわることもあろうさ」
「でしょうね――」
 秋葉の顔は、愁いに沈んだ。
「私が、兄さんを縛り付けているのかな――」
 そうつぶやいた。
 さすがに、たとえ自分が志貴の恋人とはいえ、立ち入ってはならない領域に思え、蒼香は慰める言葉も無かった。
 そういえば――と秋葉はなにかを思い出したようだ。
「蒼香、前に屋敷に来ていただいてたようね?」
「ええっ、ああ、あのことか」
 すばやく表情を作り、何気なく答えながら、蒼香は背中にじわっと汗がにじむのを感じた。あの時から、志貴と蒼香の仲は進展して行ったのだ。だから、あの件を疑われたら、やがて今の志貴と蒼香の仲にまで勘付かれてしまう。ここが頑張りどころだと思った。
「ああ、お前さんのお兄さんと街中でばったり会ったら、金が無いから屋敷で茶を飲ますなんて情けないことを言われてな。付き合って、屋敷で一服させてもらったんだ」
「兄さん、そんなことを言ってたの?」
 秋葉は、頭を抱えている。
「ああ、おまけに綺麗なメイドさんたちに、なんだか頭が上がらない様子でね。見てておかしかったよ。遠野、お前さんのお兄さんは、ちとヘタレだよな」
 明るく言って見せると、秋葉はむー、とむくれた。その様子がおかしかったので、蒼香は本当に笑い出した。
「まあ、さ。そのおかげで、その日の朝からのむしゃくしゃした気持ちが和らいだ。その点だけは礼を言うよ」
「そう、それはお粗末様」
 秋葉がそっぽを向いたので、蒼香は笑いながら、すばやく部屋を出て行った。が、扉を閉める寸前、さっきまでの様子と違い、妙に憂鬱そうに考え込んでいる秋葉の顔が、蒼香には不吉なものに思えたのだった。

 梅雨が明けた頃だった。あるデートの時、何戦もベッドで繰り広げて疲れ果てたところで、夏休みの間に何をしたいという話になった。
「ごめん、盆過ぎまではスケジュールが空いてない。前半はほとんど、秋葉との旅行で家にいないし、盆には盆で家の行事が続くんだよ」
「遠野は古くて大きな家だもんな。盆も大がかりで長いんだろう。わたしの実家は寺だから、よく分かるよ」
「蒼香と話しているうちに忘れがちになるが、そういえば寺だったんだな」
 蒼香は、じゃあ、後半に遊んで欲しいといった。今回はさすがに、家族旅行の邪魔をするのは気が退けた。
「でもさあ、今回はさすがに旅行に行けないぜ」
「うん。実はわたしも、資金が欠乏しつつあって」
 さすがに、毎週ライブに通って、その後はだいたいホテルに泊まっているのだ。いくら蓄えがあるにしても、いい加減金欠になってしまう。
「そういえば、志貴は小遣い足りてるのか?」
「ああ、春に秋葉がクレジットカードを作ってくれたんだ」
「まさか、それでホテル代を?」
「それはさすがに一発でばれそうだから、それ以外で使って節約して、ホテルは現金さ」
 蒼香は、なるほど、と納得した。
「しかし、カードを作ってもらえたんだな。まあ遠野家では当然かもしれないけど、志貴はかなり遠野に信用されてるんだな」
「ああ。でも、そうなるまでは、かなり長い道だったよ」と、志貴は笑った。
 結局、夏休みの前半には、ほとんど会う機会がないが、後半なら三日に一度は会えそうだという話になった。ただ、お泊まりは困難だという。
「普段より監視が厳しくなりそうなんだ」
「志貴も苦労してるなあ」
 蒼香は志貴に同情したものだ。
「まあそれでも、どうしてもとなれば、蒼香の希望を叶えてやるよ」
「嬉しいけど、遠野を困らせるような真似はしたくないな」
 志貴は、ふっと嬉しそうな目になった。
「そうなんだ。蒼香は、本当に秋葉のことを思ってくれるんだね」
「ま、まあな。だって、未来の義妹かもしれないんだし」
 赤くなりながら答えて見せると、案の定、志貴は少し困惑した顔になった。蒼香は、気づかない振りをして続ける。
「第一、わたしと遠野の関係は、志貴とのそれよりずっと長い」
「中学以来だっけ」
「ああ」
 蒼香は、なにかを思い返しながら、答えた。
「なんだかんだ言いながら、人に頼ったり信じたりすることを教えてくれたのは、あいつだったな」
「そういえば、ご実家のお父さんが……」
「ああ、ありゃ暴君だ」
 以前の事件を思い返しながら、蒼香は続けた。
「おかげで、凄く暗い、人間不信の塊だったな。母さんも兄さんも操り人形でさ、お婆様だけが信じられる相手だった。でも、そこに遠野と羽居が入り込んできたんだ。二人に出会ってから、わたしの世界は広がったなあ」
 蒼香は、くっくっと笑った。
「こんなこと、やつらの前じゃ口に出来ないけどな。つけ上がる」
「親友なんだね、三人は」
「ああ。遠野と羽居には、他にも親友がいるみたいだけど、わたしにとっては二人だけが親友だよ」
 天井を見上げながら、蒼香は付け加えた。
「二人がいなかったら、わたしはこの世にいないも同然だったろうな」
 しばし、沈黙が降りる。二人は、天井を見上げたまま、気の合った沈黙を続けた。男と二人、全裸でベッドに寝転がっている自分など、想像したことも無かった。志貴は、蒼香の世界を大きく広げてくれた。こんな女らしい自分がいるなど、蒼香には想像もつかないことだった。だが、その志貴との出会いも、秋葉との関係がもたらしてくれたことだ。そして、自分が人に頼ったり、信じたりすることが出来るのだと教えてくれたのも、やはり秋葉だったのだ。
「いつか、遠野にわたしを紹介して欲しいな、志貴の彼女としてさ。あいつ、きっとびっくりするだろうから」
 志貴は答えず、ただ蒼香と絡み合わせた指先を、ちょっと強く握ってくれただけだった。それが少し悲しくて、蒼香はちょっと悪戯心を起こした。
 手を伸ばすと、横で寝ている志貴のペニスを手に取った。
「ん?」
「志貴、まだいけるだろう?」
 蒼香は身を起こすと、志貴のペニスを弄び始めた。親指で、エラの尿道側を弄くってやる。
「うはっ」
 志貴は、たまらず声を上げた。蒼香の手の中で、萎びていた――とはいえずいぶんと大きい――ペニスが、むくむくと大きくなって行く。蒼香が凄いと思うのは、志貴の回復力だ。何度蒼香の中に強かに放った後でも、蒼香が口や指で奉仕すればすぐに回復する。今がまさにそうだ。
 蒼香は、志貴の下半身に覆い被さると、志貴の亀頭を口に含んだ。とても口に入りきらなさそうなサイズで、実際に蒼香が志貴にフェラチオを教えてもらった頃は、怖々とキスするのが関の山だった。口に含むと、歯で傷つけてしまいそうだった。しかし、『少しくらい乱暴にしてもいいよ』と志貴が言ってくれて、それから頑張って志貴を喜ばそうと、一生懸命に練習したのだ。
 蒼香は尿道をまっすぐに吸ったり、ペニスの裏側に舌を這わせたりする。志貴はたまらない様子で、こぶしを握り締めて耐えたり、蒼香の髪をぐしゃぐしゃと撫でてくれたりする。
「蒼香、もういいよ。はめてやるよ」
 実際、蒼香の口中のペニスは、十二分に漲っている。きっと、これが入ってくるとき、蒼香の小さな器官はキツさに悲鳴を上げることだろう。蒼香のオンナも充分潤っている。今では、志貴のペニスを舐るだけで、自分の蜜が垂れ始めるくらいだった。だが、蒼香は止めない。執拗に志貴のペニスをしゃぶっている。口の中に出せと、上目使いにちらちらとうかがう目が唆している。
 志貴は、なにかを察知したのだろう。手を伸ばすと、自分の下腹部に屈み込んでいる蒼香の脇の下を、ゆっくり愛撫し始めた。
 蒼香は眉を寄せ、志貴の責めに反応した。が、すぐに脇を締めてしまう。
 志貴は、ニヤリと笑うと、蒼香の両乳首に手を伸ばした。蒼香の胸は小さい。膨らみはごくささやかで、乳首は未成熟だ。自分で触る限り、乳腺の方はそれなりに発育しているようではあるのだが。風呂場で較べてみたとき、秋葉のそれと同じくらいの丸みだった。身体のサイズは蒼香の方が小さいから、数値的には蒼香が不利だ。
 その、可憐な乳首を、志貴は両手の人差し指と中指で挟んだ。優しく、くすぐるようにひねると、掌でゆっくりなで回す。志貴の手の中で、蒼香の乳首が硬くなって行く。志貴と交わるようになった頃は、なかなか硬くなったりはしなかったのだが、今は志貴の手に敏感に反応してしまうのだ。
 蒼香の顔に辛そうな色が浮かんだ。志貴は蒼香のささやかな膨らみを揉みしだき、掌で乳首を刺激する。志貴の目には、蒼香のオンナからしとどに垂れ落ちる蜜が見えているはずだった。
 喉の奥でよがり声を上げながらも、蒼香の攻撃は止まない。志貴のペニスに軽く歯を立てながら、何度もスライドさせる。志貴が思わず手を止めて呻くと、蒼香は舌で雁首を刺激してきた。が、志貴はそれにも耐えてしまう。
 蒼香の口の中に、志貴の先走りの味が広がり始めた。が、志貴は不意に蒼香の尻に手を伸ばした。
「あっ!」
 蒼香が驚きの声を上げた。志貴は蒼香の後ろの窄まりを、指で愛撫し始めたからだ。身体の小さな蒼香の全身を責めるのは、志貴には容易いことだ。蒼香は、ここを責められるのが苦手だ。正直、ここばかりは汚いと思う。何度か志貴の剛直を迎え入れたことはあったが、その後に口で始末してやる気にはなれなかったくらいだ。
「ばっ、馬鹿、やめろ!」
 思わず声を出した瞬間、志貴は蒼香の身体を抱いて、上下をするりと入れ替えた。
「つっ――卑怯者」
「だって、こうでもしないと、蒼香が離れてくれないだろう?」
 こうなると、いかな蒼香でもどうしようもない。むくれたように、志貴の身体の下で、そっぽを向いてしまう。
「ごめん、蒼香」
 志貴は蒼香に詫びると、優しく口づけをくれた。それだけで、蒼香は蕩けてしまう。志貴の唇が、蒼香の口元を這い回る。蒼香は、無意識に口を開いておねだりした。志貴の舌が、蒼香の舌と絡み合った。蒼香は志貴の舌を必死に吸うと、前歯で軽く噛んだ。お返しに、志貴の舌が、蒼香の舌の裏を舐め回す。
 志貴は、わざわざ蒼香の花弁を指で開いたり、探したりするような事は無かった。もう志貴は、蒼香の身体を知り尽くしている。
「はめるよ」
 志貴はベッドに腰を下ろすと、蒼香の尻に手を回し、抱き上げた。志貴の腰に、蒼香の腰が落とされる。蒼香の白桃を志貴のオトコが割った。つるりと蒼香のオンナにはめ込まれて行く。蒼香の膣一杯に、志貴のオトコが、ぎちぎちになるほど詰め込まれている。
「んーっ」
 蒼香は鼻声で呻いた。志貴は蒼香の腰を抱くと、大きく律動を始めた。志貴のリズムが、蒼香のオンナを蕩けさせて行く。蒼香の白桃を貪る志貴のペニスが、蒼香の花弁をまとわりつかせながら引き抜かれると、また花弁を巻き込みながらはめ込まれて行く。
 蒼香はあえぎながら、志貴の背中に爪を立て、首にかじりついた。蒼香の初々しい白桃は、淫らな蜜に濡れて溺れかけている。
「あぁん、志貴、志貴ぃ――」
 最前の企みなど、蒼香の頭からは揮発してしまっていた。蒼香は腰を振る、志貴のピストン運動に合わせて。粘液質のいやらしい音が、ホテルの一室に満ちている。芳しい女の匂いが、二人の逢い引きの場を支配する。志貴は、蒼香に丹念な口づけを与えると、蒼香の尻を揺さぶり、律動を速めて行く。蒼香のオンナがひくつくように動き、蒼香は頤を突き上げてあえいだ。志貴は腰をグラインドさせると、蒼香の蜜壺に最後の一撃を与えた。
「あーっ、あ、はぁん、あーっ!」
 蒼香は腰を突き出しながら、絶頂に達した。蒼香のオンナが震える。蒼香は志貴のペニスを軸に身体を痙攣させると、不意にパタリと倒れ落ちた。
 少しおいて、蒼香は涙を拭いながら顔を起こした。志貴が蒼香からペニスを引き抜くところだった。全体が蒼香の愛液でべっとりしていたが、放った様子ではなかった。しかし、志貴の顔は、なにかをやり遂げた満足感に満ちていた。
「どうだい、まだ俺の方が強いよな。後何回かイカせてやるから――蒼香?」
 蒼香は、横を向いて、声を殺して泣いていた。
「ど、どうしたんだよ、蒼香。ごめん、ごめんな」
 志貴は、蒼香の涙の意味を理解できず、蒼香を抱き起こし、慰め始めた。
 分からせて欲しかったのに――蒼香が欲しかったのは、志貴の精液だった。蒼香の中にでも、蒼香の顔にでも、何度でも出して欲しかった。そうして、志貴がいつもと変わらない事を分からせて欲しかったのだ。いつものように精力漲る志貴であることを、蒼香だけのものであることを示してほしかったのだ。
 志貴は、蒼香を抱き締めたまま、途方にくれているようだった。

<続く>

TOP / Novels