東方月探譚 - 1



「ねーねー、蒼ちゃん秋葉ちゃん、拾い物〜」
「またか、おまえさん」
「また、なにを拾ってきたの?」
「女の子〜」
「――」
「――」


 ここは某県の森深くにある乙女の都、浅上女学院。多少の撹乱要因はあるにしても、概ね平穏で長閑な日々を六年間送れば、現代日本には珍しい大和撫子たちが量産されてゆくという寸法。理論上は、ですが。
 さてさて、そんな現代の隠れ里の如き学園に、三人の乙女たちが仲良く暮らしておりました。遠野秋葉、月姫蒼香、三澤羽居という娘たち。学園でも指折りの凸凹トリオ(性格的にも体型的にも)として知られておりました。蒼香がかき回し、羽居が破滅させ、秋葉が知らん振りをするという流れで、時折学園に波乱を巻き起こしたりもします。なんのことは無い、この学園最大の撹乱要因なのでした。
 そんなある夜、分けても最大の撹乱要因である羽居が、とんでもない『もの』を寮の自室に持ち帰ってきたのです。
「女の子だな」
「ええ、女の子」
 羽居が担いできた(体格に恵まれている羽居だから平気だったのでしょう)『それ』を羽居のベッドに横たえて、蒼香と秋葉はため息交じりの反応を見せました。
 担いできたのは、たぶん女の子。それも、三人と同じくらいの年頃でしょうか。ぱっと目を引くのは大きな帽子です。黒い、魔女の被るようなそれは、白いリボンで飾られていて、内張りにもレースのフリルが回されています。蒼香がそれをそっと取ると、きらきら光るきれいな金髪が現れます。左肩に一房、三つ編みにされています。肌も白くて、思わず触りたくなりそう。そのくせ、顔立ちは小造りで、なんとなく他人とは思えません。明らかに日本人的な顔立ちです。全体的に、正体不明という印象です。しかし、これはかなり目立つ美少女といえるでしょう。
 蒼香と秋葉はそれだけ確認すると、そっとアイコンタクトを取りました。これは、仕方ないかという目です。でもまあ、と小声でつぶやきつつ、蒼香は気乗りしない様子で部屋を出て行こうとします。
「犯罪は犯罪だから、なあ」
 秋葉もなにか諦めたような顔で、彼女だけ特別に所持を許可されている携帯電話を取り出しました。110番でいいんだっけ、と少し首を傾げながら。
「ちょ、ちょっとお、なんだか穏やかじゃないよお」
 二人の様子に、羽居は珍しくも顔を引きつらせます。
「別に犯罪じゃないんだもん」
「羽居、お前さんはやりすぎたよ」と、蒼香。
「そうよ、確かにお持ち帰りしたいくらい可愛い子だとは思うけど、本当にやってしまうなんて」
 秋葉が決め付けます。
「本当にこの子が空から落ちてきたんだもん!」
「こんな森の中に女の子がごろんと落ちてきたりするわけ無いだろ!」
 話を聞いてよー、と羽居が蒼香にすがる横で、秋葉は弁護士が先かしら、羽居に善悪の判断能力が無かったという方向で、となにやら頼りになるやら黒いやらの独り言を漏らしています。
 その時。
「うー、っん……」
 女の子が小さく呻くと、パチッと目を開けたのです。
「あっ、お目覚めだー」
「お前さん、大丈夫か?」
「ごめんなさいね、羽居は頭が弱くて」
 三者三様の反応をしますが、女の子はしばし無反応で、なにやら窺っているようです。
「――? 大丈夫〜?」
 羽居が心配して声を掛けると、女の子はうんっ、と納得した様子で、ベッドから起き上がります。
「どうやら、まだ近くにいるようだぜ」
 独り言のようにいうと、ベッドから意外に元気に飛び降りようとします。途端、きゅ〜、と可愛らしい音が聞こえてきました。
「う、うーん?」
 女の子は、またフラフラとベッドに倒れてしまいます。
「お、おい、無理すんなよ」
 蒼香が支えてあげると、女の子はおとなしくベッドに戻りました。
「うーん、うーん」
 女の子は苦悶の表情です。
「ごめんなさい。羽居の犯罪に巻き込んだりして、この埋め合わせは保護者の蒼香を中心に、きっとやりますから」
「遠野、いつからあたしが羽居の保護者になった」
 うまく責任逃れしようとする親友をにらみつけると、蒼香は女の子に掛け布団を掛けてあげます。
「どうする、遠野。医者を呼ぶか、警察が先か」
「どっちともに決まってるじゃないの」
「だーかーらー、本当にこの子が空から落ちてきたんだってば。信じてよー、秋葉ちゃん、蒼ちゃーん」
 さすがの羽居も涙目です。
「だとしても犯罪の匂いはするわね。だって、この子は明らかに浅上の子じゃないもの。こんな目立つ子が居たら、とっくに知ってたわ。どこか遠くから運ばれてきて、ここで捨てられたって事でしょう?」
「そりゃそうだ。じゃあ、遠野は医者を頼むよ」
 そういって、蒼香は寮の管理人に連絡をつけるべく、部屋を出て行こうとしました。
「ちょちょちょ、ちょっとマズイ。警察はマズイって」
 すると、女の子は慌てて半身を起こし、蒼香を引きとめようとします。
「ちょっと事情があってさ……。警察はダメだ。それと、医者も不要だぜ」
「だってあなた、体が……」
 秋葉に先んじて女の子が口を開こうとした途端、またしても、きゅ〜、と可愛らしい音が聞こえました。慌てていた三人も、さすがにその正体に気づきます。
「そういうわけさ。悪いけど、なにか食い物ないかな」
 女の子は、少し赤くなりながら言います。あの可愛らしい音は、お腹の虫だったというわけです。

 羽居が、「じゃあなにか調達してくるねー」と出て行った後、蒼香と秋葉はとりあえず、とばかりに、茶会用に取っておいた和菓子とお茶を、女の子に供しました。
「うめえな〜。これ、月餅じゃないよな」
 女の子は、見る見るうちにご機嫌になっていきます。喜怒哀楽をストレートに出す性質のようです。
「それは揚げ菓子の一種で、実家で良く茶請けに作ってたもんだ」
 女の子の健啖ぶりに、蒼香もまんざらでも無い様子です。
 その和菓子は羽居と蒼香の合作でした。正確にはお料理研究会の新ネタが欲しくて、羽居が蒼香に泣きついた結果なのですが。
「はーい、ご飯だよー」
 そこに羽居が帰ってきます。お皿におにぎりと、なにやらお惣菜を載せています。
「おー、おーっ、ありがたい! お菓子じゃお腹は膨れないもんな」
 女の子は上機嫌でおにぎりに食いつきます。
「うめえ、米うめえ!」
 涙を流さんばかりです。
「お前さん、こんな短時間でよく飯を炊けたな」
「新米があったから、お鍋であっという間だよ」
 羽居は得意げです。
「こんな夜中に、どこで炊いたの?」
「寮の調理室だよー。だいじょーぶ、大胆かつ素早くに、だよー」
 羽居はますます得意そうです。
 羽居の皿は空になり、ついでだからとお茶菓子も平らげて、女の子はようやく人心地ついた様子です。
「ありがとう。本当に助かったぜ。そうそう、私の名前は魔理沙。魔法使いを生業にしているもんだぜ」
「魔法使い?」
 三人とも目が点になります。
「あのさ、そんなこと信じられないよ。大体、それが本当だとして、ホイホイ明かしていいものなのかい?」
「まあ信じてもらうしか無いぜ。実際、魔法ならいくらでも見せてやるさ。それに、あんたたちだってフツウじゃないだろう?」
 魔理沙、と名乗る女の子の目が、スッと細まりました。
「どうもおかしいと思ったんだぜ? そんな都合よく私が助けられるなんてね。あんたたち、私が追ってた奴を知ってるんだな?」
 魔理沙は、蒼香をビシッと指差しました。
「あんたは、なにか大きなものに仕える立場だな。私の親友もそうだから、匂いで分かるんだぜ」
「ええっ?」
 蒼香は目を丸くしています。でも魔理沙は構わず、羽居に目を向けました。
「あんたは同業者だ」
 羽居も、なんとっ、という顔です。同業者ということは、魔法使いということなのでしょうか。
「そしてあんたは魔物だな」
「なっ――」
 秋葉は絶句します。確かに、彼女は魔物の血を引く身です。でも、そのことは親友にも明かしたことがありません。身内の、本当に限られたものしか知らない事実です。それをズバリと、あっさり言い当てられたことに、思わず動揺します。しかし、そこは秋葉。鉄の自制心(兄さん以外には有効)で堪えます。
「なっ、図星だろう」
 得意げな魔理沙を、秋葉は鼻で笑い飛ばそうとしました。が、
「なんで――」
「分かったの!」
 ルームメートたちが思わず示した反応に、その意図も挫かれてしまいます。
「だからさ、魔力にもいろんな色があってだな、私はそれを見分けるのが得意な性質なんだよ」
 鼻高々な魔理沙に、蒼香と羽居は「そーなのかー」と感心顔です。もはや、完全に認めてしまってますね。
「ちょっとちょっと、あなたたち、本当にそんな正体を隠していたわけ?」
 お腹立ちの様子の秋葉は、思わず二人に当り散らします。
「まー、あたしは訳あって隠していたんだがな」
「わたしは別に隠して無かったよ。言わなかっただけだし誰も信じなかっただけだよー」
 対称的な二人です。そういえば、羽居がどう考えても奇跡としか思えないことをやってのけたのは、二度や三度ではありませんでした。まさか、あれが魔法の産物だったとは。
「そういう遠野はどうだ。魔物だって認めるか?」
 一転して、意地悪い視線を向ける蒼香です。秋葉はグッと詰まります。目の前で、魔理沙の見立てが正確なことは証明されたわけですし、秋葉が魔物の血を引いていることは、当の秋葉自身が自覚しています。ここでのうのうと嘘を吐き通せるのでしょうか?
「秋葉ちゃんは魔物だって、四条さんが言ってたよー」
 羽居が笑顔で追い討ちを掛けます。もっとも、つかさの発言の意味は、やや違うのですが。
「さあさあ、どうなんだ」
 魔理沙も迫ります。
「変な言いがかりはつけないで。私はただの人間よ!」
 秋葉は、なんとか気力を奮い起こして、魔理沙たちを拒絶します。
「――ってことで、二勝一敗ってことだな、大将」
「うん、なかなかの勝率だろう」
 蒼香と魔理沙が、気の合った風であっさり受け入れたので、秋葉はホッとするやら気が抜けるやらです。
「あなたたち、妙に仲がいいわね」
「うーん、なんだか他人に思えないんだぜ?」
「そうだな、あたしはフリフリは着ないが、結構キャラが被ってる気がする」
 なんだかメタな感想を漏らす蒼香です。
「まあいいや。とにかく、あんたたち二人、知ってることを隠さず教えてくれ」
「なんのことやら」
「さっぱりだよー」
 蒼香と羽居、頭の横で手をひらひら振ってます。
「魔理沙ちゃんの思い込みだよー」
「そうだよ。だいたい、なにを追っているか、先に言うべきじゃないか」
「ああ、それもそうだな」
 魔理沙はカーペットに胡坐を掻くと、長話をする態勢を整えます。秋葉たちも思わず姿勢を正します。
「ぶっちゃけ、私のテリトリーである魔法の森に、なにか今までに無い気配の持ち主が出入りしててね。ちょっと気合を入れて追い掛け回してたら、思わず深追いしちゃってね。それでも、そいつをこの近所の森で追い詰めたと思ったら」
 ばあん、と魔理沙は爆発する様を手まねで見せた。
「なんだか今までに無い術を使う奴でさ、魔力も体力も一気に無くなって落っこちたんだぜ」
「それをわたしが見つけたってことなのかー」
 羽居は、緊迫感の欠片も無い様子で、うんうんと納得している。
「話は分かりやすかったけど、所々分からない言葉が出てくるわね。魔法の森って?」
 秋葉が疑問を口にします。
「魔法の森は、幻想郷での私の住処だ。まあ、住民はもう一人居るけどね。んで、幻想郷ってのが結構説明しづらいんだが、まあ物の怪だの神様だの死霊だのにとって居心地のいい、規模の大きな結界ってところなんだぜ」
「あなたは、その幻想郷の住民なのね?」
「そう。幻想郷には妖怪、吸血鬼、死霊、神様、鬼と、なんだって居るんだぜ。人間も結構住んでいて、私は人間の里の出身」
「まあ、なんだか、行ったことのない外国のことを語られてるみたいな気分だな。想像するのが難しいよ」
「それはそうだろう。外から入るのも、中から出るのも、それなりに難しい場所なんだ」
「そんな場所があったとすれば、私の耳にも入ったはず。初耳だわ」
 秋葉は思わずつぶやきます。実際、こうした裏の世界の情報を、遠野家くらい集めている一族は居ないでしょう。
「ほう、お前さん、こういう系統の話に耳敏いって訳かい」
 魔理沙の目がきらっと光ります。
「それは、遠野というのはそういう家だから」
 秋葉は、一瞬ひやりとしますが、しかし顔色も変えずに答えます。
「秋葉ちゃん家は超大金持ちの財閥さんなんだよー」
「まあ、遠野ん家は裏にも通じているだろうね」
「そういうこと」
 羽居と蒼香がうまく乗ってきたので、ホッとする秋葉です。が、本当に自分の正体がばれてないのだろうかと、やや不安に感じ始めてもいました。
「なるほどね。財閥って奴には表裏あるってことか」
 魔理沙も、一応は納得顔を見せました。
「まあ、あんたたちの耳に入らないのも仕方ないかもな。幻想郷がこの世界から隔離されたのは随分前の話だ。それと力ある魔物や魔法使いたちが隔離に力を尽くしてきたから、ちょっとやそっとでは見つからないようになってる」
「どこにあるの?」
「まあ、常識の外というかな」
 魔理沙はニヤニヤしてます。
「あんたたちが信じない限り、見つけるのも入るのも難しいってことさ。物理的にはこの辺から見て北西の方かな。もっとも、そっちに行っても見つからないだろうがね」
「どうして? いくら隠れるっていっても、物理的に存在するなら、隠すにも限界があるでしょう?」
 秋葉の疑問ももっともなものでした。いくら隠そうとしても、偵察衛星が頭上を飛び交う時代に、誰も知らない集落があったりすれば、いつかは誰かの知るところになるはずです。
「物理的にはあるんだけど、なんていうか、この世界からは分離しているって言うかな。目に見える世界と重なるようにして、私たちの世界があるという感じだ。だから、素直には見えない。ってか、科学の目には決して映らないだろうな」
「すぴりちゅあるわーるど、なんだねー」
 分かっているのかわかって無いのか、羽居が満面の笑みで納得顔だ。
「んで、話は戻るけどさ。あんたが追ってきたのってどんな奴?」
 蒼香が話を引き戻します。
「その様子じゃ、あんたたちとは本当に無関係みたいだな。じゃあ、話しておこうか」
 魔理沙は、こほんと咳払いすると、三人に語り始めました。
「このところ、魔法の森を奇妙な奴がうろついてたんだ。なんていうか、妖怪は妖怪なんだと思うけど、今まで感じたことの無い気配でさ。妖怪にもいろいろ居るけれど、そのどれに近いとも、遠いともいえない気配なんだ。それが魔法の森を何日もうろつくもんだから、気になって気になって。正体を確かめたくて何度も追い回したんだぜ。けど、幻想郷の境界辺りでさっと消えてしまうんだ。幻想郷と外との出入りは不可能じゃないけど、それはいくつかの決まった場所でなんだぜ。そいつが消えるのは、明らかにそういう場所ではない。なのに出入りしている。こりゃおかしいってんで、妖怪の一人に力を貸してもらって、外まで追いかけてみたんだ。そしたら、この近くの森の上で、いきなり力をなくしちゃってさ」
「単にお腹が空いただけじゃないの?」と、秋葉。
「いや、そういう力の無くし方じゃなかったんだぜ。なんていうか、魔力も体力も、一瞬にしてゼロになっちまったって感じだった。モノを枯渇させる程度の能力、ってところかな」
「その気配は、まだ近くに居るってことだよね」
「ああ、いる。遠くに離れてはいない」
 羽居の言葉に、魔理沙は強く頷きます。それに対して、三人は顔を見合わせます。この近く、ということは、この学院に居るということです。
「こりゃあ、ぜひとも確かめないとな。だって、そいつがあたしたちのクラスメートである可能性さえあるわけだろう?」
「そーだよー、おもしろそーじゃん」
「ちょ、ちょっと、蒼香、羽居」
 一気に乗り乗りになる二人を、秋葉は慌ててひきとめようとしますが。
「じゃあ遠野、このことを警察や学校に告げるのか? それで信じてもらえると思っているのか?」
「そうだよー。こういう不思議ちゃんな事件は、女の子たちが自分の手で解決するものと決まってるんだよ」
 蒼香と羽居の勝手な言い分に、秋葉は呆れ顔になります。が、確かに警察などの公権力に訴えるわけには行きません。まず信じてもらえないからですし、そもそも説明に困ります。とはいえ、放っておくわけにも行きません。放っておいても、蒼香と羽居は探す気満々です。きっと魔理沙に着いてゆくでしょう。武道の使い手とはいえ小柄な蒼香と、慢性緩慢症患者の羽居だけでは心配です。自称巫女さんもどきと魔法使いもどきとはいえ、どれほど役に立つやら。魔理沙も、まだまだ全面的に信用するわけには行かないと感じていました。
 秋葉は嫌々決心しました。やはり自分がついてゆくしかない。自分の異能で、二人を守るしかない、と。
「仕方ないわね。私も付き合います。まずは怪しい人物が居ないか探してみましょう。でも深入りはダメよ、学院の中で大暴れなんて許さないんだから」
「へいへい」
 蒼香はニヤニヤしてます。『そういうと思ったよ』とばかりに。
「話は決まったか? 私とすれば、あんたたちが案内してくれる方が助かるし、暴れなくて済む」
 話がまとまるのを待って、魔理沙が口を出します。
「その怪しい気配の方向を教えて。私たちが案内するわ」
「ああ、よろしく頼む」
 魔理沙が手を差し出すのを見ても、秋葉はきょとんとしてます。
「遠野、それは握手って所だろう」
「あ、ああ」
 秋葉は、なんとなく赤くなりながら握手を交わしました。
 こうして浅上三人官女と、普通の魔法使いとの冒険が始まったのでした。
<続く>

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