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 深夜、とある屋敷のとある部屋に、明かりが点った。カーテン越しに人影が見える。二つ、ベッドから身を起こし、しばし身繕いしているようだった。
 やがてドアが開き、廊下に歩み出たのは、一人の少女だった。少し乱れた長い髪を直しながら、ローブの裾をも整えている。うなじから細い肩、胸元へと、滑らかな白い肌が明かりに映える。ローブの下にはなにも着けてないのだろう。たった今まで、この一室で繰り広げられていた情事の残り香が、わずかに部屋から漂い出る。
 少女は部屋の中へと向き直ると、手を伸ばした。部屋の中にとどまっている人物を、その手に抱いた。抱かれている人物も、少女を抱き返した。わずかに見えた裸身から、それがまだ若い、少年といってよい男だと分かる。少年は、少女の体を抱きしめ、ゆっくりと愛撫し始めた。特に、少女の腹に触れたとき、少女と視線を交わし、何がしかの言葉を囁きあった。まるで、その中に、大切ななにかが宿っているとでもいうように。
 愛撫は、次第に激しいものになっていった。名残惜しさがそうさせたのだろう。少年は、少女の唇を奪った。今夜は激しく、何度も愛し合ったのだろう。少女の肌には、まだ汗が滴っている。それなのに、求め合う口付けは、なおも激しいものだった。散々に味わい尽くしたに違いない互いの体をまさぐりあい、舌を絡めあう大人の口付けを繰り返す。まるで、まだ燃え残る情欲の炎を、もう一度燃え立たせようとでもいうように。
 だが、やがて唇が離れたとき、少女はきっぱりと身を引き、室外へと逃れた。今夜の情交の終わりを知らせるために。少年の手が、少女の頬を愛撫していたが、やがてそれも離れた。
 おやすみなさい、と少女の唇が動くと、その答えを聞いて、扉を閉めた。廊下に立って、たった今閉じた扉を見つめる目には、今この瞬間の幸せを噛み締める色があった。
――やがて少女は身を翻すと、一瞬だけ、その手を秘部へとやった。まるでそこにたっぷりと溜まったものを、一滴たりともこぼさぬとでもいうように。そして少女は歩き出した。玄関ホールを挟んだ、反対側へと。
 階段を上り返し、また別の部屋の前に立った。コツコツ、と迷うことなくノックする。
 誰――と、室内から誰何があった。
「秋葉、私です。シオンです」
 ドアが開くと、シオンと呼ばれた少女と同じくらい、髪の長い少女が立っていた。遠野秋葉。この屋敷のうら若い女主人だった。そしてシオンの最愛の友人であり、シオンの思い人である遠野志貴の妹でもあった。
「シオン――」
 秋葉の目が、なにかを求めるように細められた。いちいち言葉を交わす必要など無かった。シオンは後ろ手にドアの鍵を掛けると、ものいいたげな目をむける秋葉に手を伸ばし、掻き抱いた。秋葉の手もまた、シオンの体に回される。
「ねえ、シオン――んっ――」
 発せられかけた秋葉の言葉は、しかしシオンの唇によってさえぎられた。秋葉の唇をついばむように吸ったシオンは、すぐにその舌を深く、秋葉の唇から差し入れた。シオンは優しく、そして激しく秋葉の唇を吸った。丹念に唇を吸うと、再び舌を差し込み、秋葉の舌を吸い出す。秋葉もまた、シオンの舌を迎え入れると、自ら舌を絡めあった。
 志貴に教えられた大人のキスを、その妹である秋葉と交わす。しかも、志貴とのそれよりもなお丹念に、大胆に。
「んーっ――んっ……」
 いつもは凛とした気品に溢れている秋葉も、シオンの口付けを受けて、とろんとした目つきになっている。頬が赤らんで、息が乱れている。口付けで呼吸を奪われているからだけではない。
 シオンは秋葉の頬に何度も口づけすると、その口元に垂れた唾液をすすりながら、ゆっくりとうなじに這い進んでいった。シオンのざらついた舌先が触れる度、秋葉の体がぴくりと震える。官能に酔い痴れているのだろう。
 シオンの手が、秋葉のまとっているネグリジェにかかった。脇の下から手を差し入れ、肩にかけてめくり上げるだけで、それはするりと、いとも簡単に脱げ落ちた。その下には何も着けていなかった。秋葉の裸身が露になる。肩から腰にかけて、流麗な曲線を描いている。まるで名匠が鍛えた古刀のように、見るものを魅惑させる緊張感が漲っている。肌は陶器の滑らかさで、微かに光る汗が、えも言えぬ色香を感じさせる。
 シオンは、自らもガウンを脱ぎ捨てた。中性的な秋葉のそれと異なり、こちらは女を強く主張している。小振りだが、くびれの強い腰、そして豊かな胸。秋葉が嫉妬の視線を向けるほど、シオンは女らしかった。が、そんなこと、今この場では、なんの意味ももたなかった。ここにいるのは、性別さえ越えて、互いを狂おしく求め合う、一組の恋人たちに他ならなかったからだ。
 シオンは、秋葉をソファーに横たえると、覆い被さった。再び貪るようにして合せられる、唇と唇。シオンは秋葉のうなじへと唇を這わせると、その耳元に、丹念に口付けを浴びせた。
「あぁん、シオン――!」
 秋葉が切迫したような声をあげ、それから頤を突き上げながら、ブルッと身震いした。軽い絶頂に達したのだ。
「もうアクメですか。本当に、秋葉は敏感ですね」
 親しげにからかう口調で、シオンは秋葉に囁いた。
「だって、だって、シオンの口付け、兄さんの味がしたんだもの――」
 絶頂の余韻か、秋葉がぼーっとした口調で答えた。
「よく気づきましたね。さっき、別れ際に、秋葉へのおすそ分けとして、志貴の唾液をたっぷり頂いてきたのです」
「そうなの――ありがとう、シオン」
「秋葉――」
 シオンは答える代わりに、再び口付けを見舞った。際限なく、舌と舌を淫らがましく絡めあいながら、シオンはその豊かな乳房を、秋葉の愛らしいそれに重ねた。乳首と乳首が触れ合う。シオンと秋葉が、互いの唇を貪りあうたびに、乳首と乳首が擦れ合って、刺激される。
 一瞬、唇が離れ、シオンと秋葉が見つめあった。シオンも欲情している。怜悧なその瞳は濡れ、目の前の少女に対する狂おしい思いを、隠そうともしない。乳首は固く、尖っている。それがよけいに、互いの獣欲を刺激する。
「シオン、そろそろ、ちょうだい」
 秋葉が、おねだりする口調でいった。シオンは微笑むと、体を起こし、今度は逆様に覆い被さった。
 秋葉の目の前には、シオンの艶やかな下腹部が見えている。贅肉のまったく無い、しかし女らしく柔らかな曲線が、すらりとした両足が作る柔らかい影へと消えている。そこにはシオンの髪と同じバイオレットの茂みが、最後の秘密を守るためにうずくまっている。だがシオンの秘密の部分は、今は秋葉の目の前に曝されていた。つるりとした、少女期のそのままの恥丘が、ビーナスの名に恥じない艶かしさをまとい、女の部分を守っている。いつもなら慎ましく閉じているそこだが、さっきまでの志貴との激しい情交の余韻で、じっとりと湿って、緩んでいる。シオンが足をさらに開くと、恥丘の奥に咲いた淫花も綻び、遂に中を満たしていた液体が、ツーっと漏れ始めた。シオンの内股を垂れる、白く濁ったそれは、シオンの蜜と、志貴の精液が混ざり合ったものだった。
「――」
 秋葉の喉元がごくりと動くと、迷うことなくシオンの花びらに口付けした。舌先を花弁にこじ入れると、シオンの器官深くに打ち込んで行く。ぺちゃぺちゃと、まるで子猫がミルクを舐めるような音を立てて、秋葉は溢れる液体を舐めとった。志貴の精液とシオンの愛液が混じったそれは、秋葉には極上の美酒のような働きをした。
「んっ」
 秋葉が身を固くした。秋葉の花びらにも、シオンの舌が差し込まれたからだ。
「秋葉のここはかわいらしいですね。いつもツンツンしている秋葉からは、考えられないほど慎ましい」
 シオンは、冷徹な彼女らしからぬ欲望に漲る目で見つめると、再び秋葉の花弁に口づけした。艶めかしい舌先をねじ込むと、ぽってりとした花びらに、ちろちろと舌を這わせる。秋葉の興奮を反映して、花弁は充血して膨らんでいた。襞と襞の間をねっとりと這いまわるシオンの舌。
 んーっ――と、秋葉はいかにも苦しげに呻く。しかし、秋葉の舌も、シオンの敏感な花弁を、執拗にえぐっていた。
 互いに尾を飲みあう二匹の蛇のように、シオンと秋葉は互いの淫花をすすりあう。花弁は蕩けきって、あふれ出る蜜と互いの唾液に溺れかけていた。
「シオン、私、もう――」
 シオンの膣口をちろちろと舐めていた秋葉は、苦しそうに告白した。わざわざ秋葉に言われなくても、シオンには分かっていた。さっきから、秋葉のオンナ全体が、ヒクついていたからだ。
 シオンは、ためらうことなく、秋葉のルビーに口づけした。舌全体でこりこりと揉み解すと、遂に包皮をめくって、ルビーそのものを唇に挟んだ。そして、わざと禁忌にしていた行為を、すなわち強く吸引することをやって見せた。
「ひゃん!」
 秋葉は体全体を弓のように反らして、シオンの愛撫に反応した。もともと、特に志貴の愛撫には敏感な秋葉だが、今やシオンのそれにも同じくらい敏感になっている。高いアクメに達すると、悩ましげな声を出しながら、一時だけだらりと弛緩した。秋葉の割れ目からあふれ出る蜜が、よけいに量を増した。
 シオンは身を起こすと、秋葉の汗ばんだ体を、その手で抱きしめた。愛しげに口付けをして、互いの愛液が混じった唾液を、さらに混ぜあう。ふぁっ――秋葉は半ば意識が飛びかけているようで、目尻から涙をぽろぽろと落としながら、シオンの成すがままにされている。
「本当に、秋葉は体全体が性感帯なのですね」
 シオンは秋葉の体を後ろから抱きしめると、その両の乳房を揉みしだいた。揉むほどの大きさが無さそうだが、こうして絞るようすると、やはり少女らしく乳腺が発達し始めているのが分かる。愛らしい乳房の頂点に、慎ましい、未発達の乳首が載っている。しかしそれも、間もなく女のそれに変わって行くだろう。シオンの目論見が当たっているとすれば――
 シオンは、秋葉を前から抱きしめると、その首筋にねっとりと舌を這わせた。シオンの体の下で、秋葉が身悶えする。今日は、いつになく、シオンの方が攻撃的だ。というより、秋葉の方が受身に回っているというべきだろうか。シオンの与えてくれる愛撫を、全てこの身で受け止めたいと、秋葉の紅潮した肌が主張していた。
 少女たちは、互いに熱っぽい視線を絡めあいながら、最後の儀式に移った。シオンは、秋葉の足を大きく開かせると、自分の腰をあてがった。そのまま擦り付けえるように動かすと、やがて敏感な部分が、互いに擦られ始めた。
「あ、あはっ、シオン――」
 秋葉は、快楽に身悶えしながら、その名を呼んだ。
「秋葉、い、一緒になってます」
 シオンの意識も飛びかけていた。花びら同士、そしてルビー同士が擦れあっている。花びらが絡み合う、にゅるりとした感覚。そしてルビーが触れ合うたびに感じる、飛び上がるような刺激。いつしか、秋葉も、シオンも、混濁した快楽の中に墜落していった。
 くちゅ、くちゅ。いやらしい粘液質の音を立てながら、少女たちは際限の無い快楽への坂を、なにかに押されるようにして上り詰めていった。秋葉の手が、シオンの重そうな乳房を揉みしだいている。シオンの手は、無意識のうちに、秋葉の敏感な背筋をなぞりつづけている。
「シオン、ダメ、私、いっちゃう――」
 秋葉が、切れ切れの悲鳴をあげた。
「秋葉、一緒に――」
 秋葉の体がびくりと跳ね上がり、可憐な唇から艶っぽい悲鳴が漏れた。シオンもまた、髪を打ち振りながら、自分の性器から駆け上ってきた快感に、理性の全てを揮発させていった。まるで男のように、野太い声をあげる。シオンを抱え込んでいる秋葉の太ももが慄き、秋葉を犯すがごとくあてがわれているシオンのヒップも快感にわななく。シオンのヒップがひくつくたびに、溶けたバターのようなジュースが、二人の重なっている部分から溢れ出していった。
 互いの体に墜落するようにして、二人はベッドの上で重い体を重ねあった。寝室には、秋葉の熱い吐息と、シオンのそれだけが聞こえている。

「ねえ、シオン。シオンのおっぱい吸いたい」
 幾度も愛し合い、お互いの体から快楽の全てを絞り尽くしていた。汗と体液にぬめる体を重ねたまま、秋葉は普段の言動からは考えられぬくらい、幼くて真っ直ぐなことを口走った。シオンは優しく微笑むと、子供に乳を与えるように、秋葉に自分の乳首を含ませた。秋葉は、母乳を吸う赤ん坊のように、シオンの乳首を一心に吸い始めた。この瞬間、秋葉はどんな時よりも、穏やかで安心したような顔を見せてくれる。それがうれしくて、シオンは秋葉のおねだりを積極的に聞いていた。本当に出るものなら、母乳を飲ませてやりたいと思うほど。そう、それも近いうちに、不可能事ではなくなるのだろうが。
「ふふ」
 やっと満足したのか、秋葉は体をベッドに投げ出し、大きく息をついた。
「どうしたのですか、今日はずいぶん受身でしたね」
 それが気になって、シオンは腕の中の秋葉に、そう聞いてみた。
「そう、ね。今日はなんだか、シオンに一杯甘えたい気分だったの」
「秋葉――」
 シオンの目に心配そうな色が、初めて宿った。この瞬間は、シオンは恋人というより、秋葉の姉のようだった。
「なにか嫌なことでもあったのですか? 私で分かることなら、なんでも相談にのりますよ」
「違うわ。逆よ。凄く嬉しいことがあったの」
「嬉しいこと、ですか」
 シオンは不思議そうな顔になった。
「まあ、秋葉がそういうのなら、私が口を挟むことではありませんが」
「あら、嬉しいことの内容を聞かないの?」
「聞いて欲しいのですか?」
 シオンが悪戯っぽく言い返すと、少女たちは互いに、くすくすと笑いあった。
「そうね。とても話したい気分だわ」
「どうしました。私を出し抜いて、志貴とデートの約束でも取り付けましたか?」
「ふふっ、そんなんじゃないの。私自身のことなの」
「秋葉自身?」
「そう」
 秋葉はそう答えると、急にシオンの手を取った。
「ねえシオン、こういうことなのよ」と、その手を、自分の腹部へと導いた。それでようやく、シオンにもなにが言いたいのかが分かったのだった。
「秋葉、本当ですか!」
 シオンは、ベッドから飛び起きると、秋葉を抱きしめた。
「ええ、本当よ」
 シオンに抱きしめられながら、秋葉は幸福の余韻に浸りつつ、答えた。
「今日、学校の帰りに病院に寄ってきたの。結果は――妊娠二ヵ月ですって」
「秋葉、良かった。これでもう、志貴の気持ちが変わる事はありませんよ」
「そうね。私と、シオンと、そして子供たちと。そのみんなを裏切れるほど、兄さんは酷薄な人じゃないわ」
「本当に良かった」
 シオンは秋葉を抱きしめた。秋葉もシオンを抱きしめた。そして確かめるように、その下腹部へと手をやった。ほとんど見分けがつかないが、シオンの腹もまた、徐々に膨らみ始めている。そこには、やはり妊娠三カ月の子供が育ちつつあるのだ。
 正妻的立場であるはずの秋葉が、志貴の女性関係に気を揉んでいるとき、それを打開する秘策を授けたのがシオンだった。志貴の子を身篭ってしまえばいい、と。人間ではないアルクェイドは論外として、シエルはかつてエレイシアだった頃に受けたトラウマゆえか、妊娠しないように手を打っているようだ。一方、琥珀と翡翠は、密かに志貴の子を身ごもり、自分たち姉妹が遠野家での主導権を握ってしまおうと動いていた。そうした事情は、怜悧な彼女の観察眼と、エーテライトによる情報収集で、シオンには筒抜けだった。が、秋葉自身が琥珀たちに遠慮がちな面があり、ややもするとこの企みが成就しそうな形勢だった。志貴の気質からいって、一度子を成してしまえば、それ以外の女との関係を断ち切る可能性は高かった。
 シオンは友人の気持ちを案じて、そのことをあえて強く訴えて見せたのだった。その時には、まさか自分も志貴の子を授かることになろうとは思わなかったが――
「それを志貴には告げましたか?」
 再びベッドに身を横たえ、秋葉の髪を愛撫しながら、シオンはいった。
「いいえ、まだよ。どうせなら一番驚く状況で告白しようと思って。明日の朝食のときとか」
「ふふふ、琥珀はきっと驚くと思いますよ」
「そうね。私が妊娠するはずないと思っているんだから」
 琥珀は、平常なんでもないような顔をしながら、秋葉が妊娠しないように邪魔をし続けてきた。最初は秋葉と志貴の仲を裂こうとしてきた。アルクェイドを焚き付け、同時にシエルにも抜け駆けしやすい状況を用意し、さらには自分が遠野家の被害者である点をさりげなくアピールして、志貴の秋葉への心証を悪化させようと試みてきたのだ。だが、志貴と秋葉の絆は、そんなものでは断ち切れなかった。たとえ状況に流されるまま、他の女と関係を作ってしまっても、秋葉を一番大事に思う志貴の気持ちに揺らぎは無かった。
 次に琥珀が打った手は、秋葉のために用意する薬に、排卵抑制剤を混入させたり、逆に排卵誘発剤を混入して未成熟卵の排卵を起こそうとしたり、というものだった。こればかりは、秋葉だけでは防げなかったろう。
 だが、秋葉にはシオンという心強い友人がいた。シオンは、秋葉の体調を、琥珀よりも遥かに精密に知ることができた。琥珀の弄する策など、シオンにしてみれば児戯にも等しい。琥珀の悲劇、いや喜劇は、自分の策が周囲の誰にも気づかれてないと思い込んでいる点にあった。だが琥珀の策は、実際にはあまりにもあからさまなので、少し思考を廻らせれば、誰にでも容易に見抜くことが出来る。琥珀の恐ろしい点は、他人の痛みへの感受性が皆無なので、どんな卑劣な手でも使えること、そして彼女の境遇が志貴や秋葉にとって同情すべきものであるがために、その策を甘んじて受け入れてしまう傾向がある点だった。いわば、被害者が共犯者と化すわけだ。
 だが、遠野家の悲劇の枠外にあるシオンには、琥珀の境遇など問題外だった。エーテライトの使い手である彼女に、薬など不要だった。シオンは、琥珀の干渉を逆手に取り、秋葉の胎内を受精しやすい状態に調整し、保ちつづけた。そして今日、遂にその朗報が飛び込んできたのだ。見事、琥珀を出し抜いて見せたわけだ。
「でも、残念なのは、私の方の受胎が早かったということですね」
 ふと眉根を寄せて、シオンがいった。
「なにをいっているの。それは兄さんが、シオンもちゃんと愛してくれた証じゃないの。私は嬉しいわよ」
 秋葉は、心の底から嬉しそうに、そういってくれた。
 シオン自身の気持ちは、実はシオンにはなかなか気づけなかった。シオンが志貴に抱かれたのは、二人が出会って間もない頃だった。遠野家に世話になるようになり、なんとなく志貴の部屋で話すことが増えた頃、ふと流されるようにして、体を重ねてしまったのだ。シオン自身は、これは気持ちの伴わない、いわば行きずりの経験だと信じていた。いや、そう信じようとした。
 シオンの偽りを指摘したのが、他ならぬ秋葉だった。シオンは、秋葉にエーテライトの技術を教えていた。その過程で、秋葉はシオンの真意を、何度も垣間見たらしい。シオンさえその気なら――と、秋葉はシオンに関しては、志貴と関係することを認めてくれた。そうやって、秋葉に背中を押されるようにして、徐々に志貴への想いを自覚していったのだ。志貴もシオンの気持ちを受け止めてくれるようになった。そして秋葉と二人で、志貴を独占する策を練り始めたのだった。
 まさかシオンの方が先に妊娠するとは思わなかったが、それでも志貴はシオンの説得に応え、秋葉との子作りに邁進してくれた。他の娘たちには歯がゆい状況だったろう。ここ何カ月も、志貴はシオンと秋葉に独占されていた。二人の娘たちは、日々交代で志貴の相手を務め、他の娘たちに付け入る隙を与えなかったのだ。
「あの時、秋葉が励ましてくれなかったら、私は志貴のことを諦めていたかもしれない」
「それはお互い様でしょう。私も、兄さんの女性関係の多さに絶望しかかっていたんだもの。でも、シオンが居てくれたら、きっと兄さんに振り向いてもらえるって分かってたんだから」
「私にとっては真祖と代行者が最大の脅威でした。どちらも私を抹殺するに十分な理由を持っていますからね」
「大丈夫。そんなこと、私がいる限りさせない。兄さんだってシオンを守ってくれるわ」
「ありがとう、秋葉。本当に、私にとっては、遠野家の庇護は大きな意味を持ちます。この先、研究のために拠点を持たなければならない。ここなら安心していられます」
「そうね。私も、シオンが居てくれて、嬉しい」
 少女たちは微笑み合うと、もう数え切れないくらい繰り返してきたキスを、また交わした。
「それにしても、兄さんの女性関係には参ったわ……」
 今までの状況を思い返していたのだろう、秋葉はため息をついた。
「まったくですね。真祖に代行者、琥珀に翡翠、そして私たち――」
 シオンは声に出して数えていたが、それに合わせて指折り数えていた秋葉の方は、まだ止まらない。両手を越えて、さらに折り返している。
「兄さんたら、その上に時南先生の娘、乾先輩のお姉さん、瀬尾に蒼香に羽居、さらには四条さんや環にまで手を出すなんて――」
「あ、秋葉――」
 秋葉がどこかに行きかけていることを悟ったシオンは、慌ててその肩を揺すぶった。
「あら、ごめんなさい。私ったら、不快なことはいくらでも思い出せる性質なの」
「それも今日限りです。秋葉が身ごもったと知れば、さすがの志貴も年貢の納め時です。これから生まれ出る子供たちを裏切れるほどには、志貴は冷淡な人間ではありません。父親としての自分を自覚して、立ち直ること請け負いです」
「そうね。これから、新しい生活が始まるんだわ」
 そう答える秋葉の目には、新しい覚悟が宿っていた。
「いうまでも無いことですが、流産には気をつけなければなりません。特に琥珀の干渉には気をつけなければ」
「そうね。でもシオンが居てくれれば大丈夫よ」
 秋葉は、ふふっと笑いながら、天井を見上げた。
「早く、兄さんの喜ぶ顔を見たいわ。シオンを先に孕ませたこと、あの人は凄く気にしていたから。きっと驚くだろうなあ」
「そうですか――では、今すぐ行きましょう」
 秋葉は、えっ、という顔になった。
「なにをしているのですか。志貴が一番驚くのは、今この時間に違いありません」
 シオンは笑いながら、秋葉の体に優しくネグリジェを着せてやった。そして自分もローブを羽織ると、秋葉の手を取って、廊下に歩み出た。
「ちょ、ちょっと、シオン」
 秋葉は、さすがに慌てていたが、シオンの笑顔につられるようにして、優しい笑みを浮かべた。
 二人は、互いに腕を絡めあって、愛しい男の部屋に向かう。階段を下りる秋葉に目をやって、シオンはふといった。
「ねえ、秋葉。どう思いますか?」
「なに?」
「果たして私は、愛しい男を手に入れるために秋葉と協力したのでしょうか。それとも秋葉という愛しい人を手に入れるために、志貴を利用したのでしょうかね――」


<了>


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